「な〜つき」

「ん?」

「あんたはどうするの?チョコ」

「チョコ?チョコがどうした?」






 chocolate







時は放課後。

SHRも終わり生徒達は皆、思い思い、自由に行動している。


帰路に着く者あり、部活動に向かう者あり、クラスに残ってお喋りに花を咲かせる者あり。



そんな中、クラスに残っている生徒達、それも大概が女子生徒なのだが、彼女達が話している内容は大体同じものだった。




「…なつき」

「何だ?」



そして舞衣となつきも例外では無い。筈だった。

少なからず舞衣はそのつもりだったのだが。



「あんたまさか忘れてる?」

「だから何を!」



舞衣の大袈裟な程の驚きっぷりに、なつきは少し怒気を含んだ口調で聞き返す。

ただ、なつきには大袈裟に思えた舞衣のリアクションは、なつき以外の女子生徒にとっては当然の反応と言える。



「何って…玖我さん…本当に…」



その証拠に途中から話に加わっていたあかねの表情も、まるで有り得ないものを見るかの様であった。



「…あかねまで。だから一体何なんだ」



それには流石に堪えたのか、先程までの勢いをすっかり失ってしまった声でなつきは二人に問うた。












「あぁ…何だそんな事か」



悄気て損した、と言わんばかりの顔でなつきは言った。



「そんな事かって…まぁ興味が無いのは仕方がないとしても、よ?そこまで忘れてるのはどうかと思うけど」

「うるさい!興味が無いから仕方がないだろ!」

「でもこの時期にチョコって聞いたら…ねぇ」

「…ぐっ」

「…あ、く、玖我さんはいつも貰う側だから…とか!」

「あ〜確かになつきは去年男子泣かせだったよねぇ」




なつきにとっては思い出したくもない過去。

下駄箱を開けたらチョコがなだれ落ちてきたという漫画の様な実体験を味わったのだ。

次から次へと押し込まれた箱は見るも無残な形を成して足元に転がった。



「…」



記憶を辿り眉間に皺を寄せるなつき。



「ま、とにかく。今年は静留さんにあげないの?」

「静留に?」

「そうよ。静留さん絶対楽しみにしてると思うけどな」

「…」



付き合い始めてからは初めてのバレンタイン。

確かに貰えなかったら悲しいかも知れない。



「そう…だな」



余り気乗りしない感じではあったがなつきは考えてみる、と一言答え、教室を後にした。











帰り道。


意識して見てみると街はバレンタインデー一色であった。

何処もかしこも派手な特設コーナーを設け、チョコを販売している。



(…チョコ…か)



確かに静留に渡したい気持ちはある。

毎年貰ってばっかりで、ろくにお返しもしてこなかった。



その上今年は今までとは訳が違う。



ただ唯一にして最大の問題はなつき自身の技量にあった。



(お菓子なんて一度も作った事無いぞ…)



一人暮らしをしていた時だってほとんど料理なんてしてこなかったのに、
今は黙っていても静留が料理を作ってくれるから尚更料理なんてしない。

なつきは今回ばっかりはもう少しやっておけば良かったと後悔した。



(今日は取り敢えず帰ろう…)



帰路に着いたなつきの背中は、冬の寒さのせいで余計に落ち込んで見えた。





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