阿修羅の如く狂い咲いた華は、恋と嫉妬と絶望にその身を燃やし、そして散った。 再び咲かせた華に色は無かった。 真っ黒でも真っ白でも無い。 無色。 存在そのものさえ有るか無いか曖昧で今にも消え入りそうな。 そう。 それは血に染まる艶やかな華。  貴方に捧ぐこの想い (…) あの戦いが終焉を迎えてから、 まるで何事も無かったかの様に辺りが落ち着くまで、そう時間はかからなかった。 至る所に痕はあるものの、学園は今日も平和な時を過ごす。 それもこれも有能な生徒会役員の面々あればこそである。 特に会長の働きぶりと言ったら凄かった。 休む間も無く、所狭しと動き回る姿は彼女らしからぬものではあったが、 こんなにも短期間で学園が元通りになったのは彼女の働き無しでは語れない。 (…) 相変わらず笑顔を振りまく彼女の周りには、ファンとおぼしき輩が後を絶たなかった。 しかしそんな輩達では絶対気づかないだろう。 あんなもの笑顔ではない。 張りぼての様に少しも違わぬあの表情の下で、彼女はずっと泣いている。 いや、もしかしたらそれすらも無いのかも知れない。 (…また笑ってる) 彼女の行動範囲がぐっと広がったからか、最近では至る所で見かけるようになった。 目が合う事は決してないが、嫌でも目立つ彼女は視界に入ってくる。 その度、こうして彼女の心内を見透かすのが奈緒の日課になっていた。 (…いい気味) 以前彼女に言われた言葉を思い出して心中で悪態をつく。 色々な事に“気付きすぎる”。 彼女は巧く誤魔化しているつもりだろうが、精神的に余裕の無い者の作る嘘など “気付きすぎる”と自他共に認める奈緒にとって見破るのはたやすかった。 明くる朝、奈緒は随分と早い時間から教会に向かっていた。 シスター修行として約束している時間にはまだ大分早いのだが、 どうにも寝付きが悪く早めに目が覚めてしまったので一足先に教会に行く事にしたのだ。 神を信仰する事には全く興味の無い奈緒だったが、教会と言う建物自体は嫌いじゃなかった。 少し幻想的なこの空間の中に一人でいる時間は好きだった。 (あっ) こんな朝早くから学校に来ている人などいないと思っていた矢先、 見覚えのある制服が前を歩く。 白地の高等部の制服。 ただ一人が唯一許された色。 (……) 距離を保ちつつ、ゆっくりと後ろを歩いていると、 彼女はとある建物のドアを開け、中へと入っていった。 (…教会?) こんな朝早くから彼女がこんな所に何の用だろう。 気にはなったが後を追って教会に入ったところで、彼女と二人きりはきまずい。 (……) それにわざわざこんな早い時間に教会に訪れるくらいだ。 何も用事が無いなんて事はまず無いだろう。 そうしたら教会を訪れる理由などたかが知れている。 彼女がここを訪れる意味に全く心当たりが無い訳でも無いのだから。 (…仕方ないわね) 今日の所は譲ってやろう。 奈緒は仕方なく誰もいない教室へと向かった。 そんな事があった日も彼女は何ら変わらず忙しそうに働いていた。 休み時間など関係ない。 彼女が休息を摂ってる姿は誰一人として見ていないのだ。 「藤乃先輩お疲れ様です。良かったらこれ…食べて下さい!」 「会長お疲れ様です」 「たまにはお休みになられたら…」 彼女を慕う取り巻きは日に日に増え、 その取り巻き達に嫌な顔一つ見せずに彼女は作られた満面の笑みを返す。 (…ちっとも笑ってない) そんな偽りな日が続き、彼女は今日も誰にも知られない様に一人懺悔に耽る。 (……ばっかじゃないの) そんな事で全てが許される訳ない。 そんな事で全てを無かった事になんて出来る筈がない。 バンッ!! 「ばっかじゃないの!」 「…っ!」 「こうやって毎朝毎朝神に懺悔して。それで満足?」 「結城さん…」 いてもたってもいられず奈緒が教会の扉を勢い良く開ける。 この時間に教会に訪れたのが自分以外にも居た事に始めは驚いた様だが、 その人物が結城奈緒であった事でそれは倍増した。 見開かれた深紅の瞳が悲しみと罪悪感に歪む。 「…堪忍…な」 「許すもんか!あんたのせいで…あんたのせいでママは!」 悲痛な叫びは聖なる空間に響き渡る。 静寂が一気に形を変えた。 「ほんまに…ほんまに堪忍…」 地面に髪が擦れている事も厭わずに。 膝や掌が汚れてしまう事も厭わずに。 彼女は奈緒に向かって土下座をした。 何度も何度も何度も何度も深々と。 「…っ」 「堪忍…」 奈緒は勢い良く踵を返すと、そのまま扉に向かって走り出した。 そして頬を伝う涙の意味を自身も解らぬまま、教会を後にした。 残された静留が顔を上げたのはそれから暫くしてからだった。 -------------------------------------------------- 言い訳。 取り合えず続きます。 ▼次へ