本当は気付いてた。

なのに気付かないフリをして。

憎しみと悲しみに全てを塗り変えて。

沸き上がる不可解な気持ちを押し殺してた。

追い打ちをかける様な酷い罵声を浴びせなければ自分が保てなかった。

今になってしまえば、悔やむ事しか自分には出来ない。

確かに初めから憎しみが無かった訳では無い。

けれどあの時はそんな事考えていなかった筈だ。

優しい言葉など掛けられなくとも、それこそ言葉など掛けられなくとも、あんな酷な事をぶつける位なら。










「奈〜緒ちゃん」

「…何よ」

「ねぇお腹空かない?ご飯作り過ぎちゃったんだー。一緒に食べよ?」

「…いらない」

「だって帰ってきてから何も食べて無いでしょ?」

「お腹空かない」

「それでも少しは食べなきゃ!それ以上痩せてどうするの!」

「ちょっ…あおい!解ったから手ぇ放せっつーの」



そう言えば。

最近彼女も痩せた様な気がするけどちゃんと食べているのだろうか。



「……」



昼休みさえ働き詰めな彼女を見ていると、まともな昼食を摂っているようには見えない。

それを差し引いても、毎日あんな悲痛な面持ちで懺悔をしている彼女の喉を食物が通らないのかも知れない。



「…ありがと」

「え?何か言った?」

「…何でもない。それより一個頼みたい事があんだけど」











「静留さん」

「あぁ黎人さん。仕事終わったんやね」

「ん、まぁこっちの仕事は楽だから」

「おおきに。助かりますわ」

「それより昼休みくらいは休んだら?静留さん最近ちっとも休んで無いでしょう?」

「うちは平気どす。まだやる事もありますさかい」

「あーそれは残念だなぁ。じゃああれは僕が頂こうかな」

「あれ?」



扉の向こうで聞いてみれば。

ったく神崎の奴はいちいちムカつく。

普通に呼べばいいものを、何で変に演出するのか。

余計に入りづらくなるだろう。



「僕は休みを摂りに出るからここを使うといい」

「……」



そんな笑顔で気を使ってくれても絶対礼なんて言わないから。

呼吸を整えて、緊張でひきつった顔を何とか解し、奈緒は生徒会室に入っていった。



「………藤乃」

「…っ!?」



会長席で積まれた書類に目を通していた彼女の手がぴたりと止まり、
明らかに驚きの形相で奈緒を見る。



「何…で……」



深紅の瞳は見開かれたまま、完全に二人を取り巻く時間は凍結した。

その止まった時間を動かしたのは止めた本人である奈緒だった。




「あんた痩せたでしょ?」

「え?」

「あおいからの差し入れ。食えば?」



本当の事は言えない。

それは羞恥云々と言うよりも、まだ自分でも持て余している不可解な感情を認められないからだ。

どういう気持ちなのか解らない。

今はただ、自分がしたいように動いてる。

それだけだった。



「…でも…」

「あんたが食わなきゃあおいにそのまま突っ返すだけよ」

「それはちょお…」

「なら食べなさいよね。まだ食べてないんでしょ?」



突き出されたお弁当箱と奈緒の顔を交互に伺いながら、彼女は軽く溜め息をつく。

そして軽くはにかんで“おおきに”とそれを受け取った。




「じゃああたしは…」

「なぁ。お願いがあるんやけど」



奈緒が役目を果たしたと言った感じで部屋を後にしようとした時、
彼女はゆっくりとその後ろ姿を呼び止めた。



「何よ」

「お昼…一緒に食べへん?」

「はぁ?」

「今からお茶入れますさかい。ね?座って座って」

「…何言ってんの?何であたしがあんたなんかと」

「お願い」



決して大きく無いのに響く低音。

今にも泣き出しそうな声色。

急に変わった声に、はっと振り向き、彼女の表情を伺うと、彼女は懇願した様子で奈緒を見つめていた。



「…っ」



声が出ない。

言葉が続かない。

高鳴る心音と、火照る顔。


バカだ。

そんな事あり得ない。

認めない認めない認めない。



「っじゃ無いの…」

「え?」

「ばっかじゃ無いの!?こないだ言った事、もう覚えて無い訳!?」

「…それは……」



チガウ。



「あたしはあんたが憎くて憎くて仕方ないの!なのに何でわざわざ昼食なんか!」

「結城さん……」

「愛しの玖我の奴と食えばいいじゃん!」

「…………なつきには振られてしもうた」

「……っ!」



チガウ。



あたしが悪いのに、そんなに申し訳なさそうに笑わないで。

今にも泣き出しそうな顔で微笑まないで。



「何で…あんたなんかが…」

「…結城…さん?」









本当は気付いてた。

なのに気付かないフリをして。

憎しみと悲しみに全てを塗り変えて。

沸き上がる不可解な気持ちを押し殺してた。



けれどもう、フリさえ出来ない。

目立つ人物なのは確かにそうだが、全てが視界に入って来たのでは無い。

故意的に視界に入れていたのだ。

気付けば目で追っていた。

彼女の事が気になって仕方がなかった。

気にしない日など一日も無かった。

ただの一日も。



「…あたし…」



涙が出た。

きっと今、本当に泣きたいのは彼女の方なのに。

泣きたいのを堪えて、全てを懺悔に投じ生きているのに。

玖我に振られ、唯一無二の支えすら手元から離れた状況で、
それでも罪を精算しようと一人で全ての罰を受けて。



「何で泣くん…?そんなに嫌やった?」

「違うっ!!」



こんなに酷い事を言った後なのに、彼女は優しく包み込んでくれる。

涙が止まらなかった。



「藤乃…あたし…」

「ん?」

「………ごめん」

「えぇんよ」



涙でぐしゃぐしゃの奈緒の顔を静留は自分のハンカチで拭う。



「…酷い事言った」

「えぇって。ほんまの事やしね」

「けど!」



なかなか引かない奈緒に対し、少し困惑した様子で軽く溜め息をつく。



「……そやねぇ…なら」




そういって彼女は照れ臭そうに笑うと、会長机の方を見た。

そして



「お弁当、一緒に食べてくれへん?」



先程とは違う、少し穏やかさを含んだ笑顔でそう言った。



「……」

「一人でご飯食べるんて寂しくない?」

「…別に」

「うちは寂しいんよ。弱虫やから」

「……」




彼女の顔を一瞥し、奈緒は黙って俯く。

そして何かを心に決めたかと思うと、長机に並んだ沢山の椅子から一脚引っ張り出し、
会長席の向かいに置いた。



「温いお茶なんか煎れたら承知しないから」



そしてそれだけ言うと椅子に腰掛け携帯をいじり始めた。



「……任せとき」



奈緒は気付いていないだろう。

うっすらと涙を溜め、心の底から微笑む静留がそこにいた。










今はまだ

このままで

この位の距離で

でも少しでいいから

この想いが

貴方に届けば









「これからはシスター結城に懺悔聞いてもらおかしら」

「やなこった。めんどくさい」

「いけずやねぇ」

「………愚痴くらいなら聞いてやらない事もないけど」

「…ふふ。おおきに」



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言い訳。
初の奈緒×静は如何だったでしょう?
まぁカップリングというよりは奈緒⇒静留意識で書いたのですが。
静留⇒なつきが公式なだけに、静留を本気で誰かと絡ませるのはとても難しいです^^;