『逢いたい』 前編
「静留っ!!!」
なつきは半ば悲鳴混じりに声を張り上げた。
辺りはまだ薄暗さを残していて、静寂に響き渡った呼び声はゆっくりと闇に溶け込んでいった。
「痛っ・・・。」
深い眠りについていた体を突然無理に起こしたため、上半身に微かな痛みが走った。
「くそっ!!まだ3日目だぞ!」
今日は学校も休みで暇ななつき。
しかし今なつきは一人。
当たり前のように傍にいる彼女は現在京都に戻っている。
「・・・はぁ。」
彼女―静留はなつきより早く冬休みに入っていて、その初日、二人でくつろいでいるところに電話が鳴った。
それは静留の父親からのものだった。なんでも早急に帰ってこいとのことで
静留は珍しく苦虫を噛み潰したような顔つきで、重そうな口元をゆっくり動かし帰る旨を伝えていた。
今まで何度か実家に戻るよう連絡があったのだが、静留は慣れた口調で上手くかわしてきた。
しかし、さすがにその皺寄せが来たのか、言い訳が効かなくなり
なつきもその様子に引き止めたい気持ちを隠して、「親孝行してこい」と優しく言って帰省を促した。
「静留・・・。」
こたつの上には空になったカップラーメンと半分残ったマヨネーズ。
それと、なつきのため息があった。
帰れと言えたは良いものの、実際はこんなにも情けない結果になっている。
「・・・はぁ。」
〜*〜
「・・・はぁ。」
ここにも似たようなため息が一つ。
それは縁側に正座する女性からのものだった。
淡い紫を基調とした着物。綺麗に結い上げられた亜麻色の髪の毛。覗くうなじと襟足。透き通る白い肌。整った顔立ち。
どれもこれも周囲の目を奪う程の色気を放っている。
「・・・はぁ。」
だがその表情はどんよりと曇っていた。
「何や、静留。お前こっち来てから浮かない顔しか拝ませとくれへんなぁ。」
茶の間からトストスと軽い足取りでやってきた男性―静留の父親は苦笑いしながら語りかけてきた。
「あぁ、堪忍な、お父はん。」
静留はすぐ表情を和らげた。物腰もおっとりしていて、落ち着いている。まるで何もなかったかのような振る舞い。
しかし、実のところはそう見せているだけで、中身はなつきのことで頭いっぱいでソワソワしていた。
「ふむ。」
父は娘の滅多に見ない様子にあることを悟った。
「お前、誰ぞ好いとるんか?」
静留の肩はピクッとごくわずかながら小さく跳ねた。
父親の方を目だけで確認すると、彼は庭に立つ松の木を見詰めていた。
父の横顔を見て、ふっ、と軽く笑った。
「何やの、いきなり?そんなことあらしまへん。」
父のことは尊敬していて、良い相談相手でもある。だが、なつきのことは“可愛い後輩”とだけ認識しておいて欲しかった。
「・・・そうか。」
そう短く答えたきり、何も言葉を発することはなかった。
「・・・・。」
再び沈黙が訪れると、またため息が出そうになった。
しかし先程の話しの流れからそれは控えた方が無難だと、もはや癖となってしまったのをなんとか抑えた。
〜*〜
「・・・はぁ。」
もう数えるのも面倒になる。
なつきは手だけを動かして手の内に収まっていた携帯を開く。
「・・・。」
無言で見詰める先はメールの受信画面。
もう10数件も連続して『静留』の文字で埋め尽くされている。
最後のメールは“これから茶会があるから3時間くらい返信出来ない”という話しで止まっている。
たかが3時間、されど3時間。
「冷た。」
こたつのテーブルに右頬を預け、ボーッとしていたら昨夜のことが蘇った。
―うち、なつきに逢いたい・・・。―
静留はやっとの思いで時間を作り電話まで寄越してくれた。
そして開口一番に言ったのだ。―“逢いたい”と。
「私だって・・逢いたいに決まってる。」
その時言えなかった言葉を、今ため息と一緒に吐き出す。
なつきは静留にあえて言わないように心がけた。
本人に言ってしまえば最後、何もかも平気で放り投げて帰ってきそうだと思ったからだ。
「京都・・・か。」
〜*〜
ガバッ
「あかん!やってしもた!!」
静留は寒さに体温が奪われていくのも気にせず、掛け布団を剥いだ。
「堪忍、なつき!今からすぐ朝ご・・・っ。」
朝ご飯の支度を、と言おうとして我に返る。
そうや・・・うち、今実家におるんやった・・・。
「はぁ・・・。」
肩をガックリと落としてから、気怠い気分を引き摺ったまま布団の中へ戻った。
布団の中で落ち着けても、そうすぐには寝付けそうになかった。
カランコロンカランコロン・・・
静留は父親と神社に来ていた。
幼い頃から良く連れてこられた、馴染み深い場所の一つ。
初めて来た時の記憶はもう朧気だが、自分の瞳と同じ赤に染まった鳥居だけは良く覚えている。
「ほんま、ここは相変わらずなんやねぇ。」
ここに訪れる度に少なからず安堵した。
風華の地では物事が目まぐるしいほど変化していく。それが静留にとって少し居心地が悪かった。
急かされるのが嫌いな質なのだから当然かもしれないが、別の理由もあった。
周りが変わっていく中で、自分だけが取り残されていくような感覚に陥るからだ。
「静留、すまんが私の分まで参拝しておいてくれや。」
父親はここの住職と長い付き合いで、訪れる度に必ず顔を合わせている。
「もう・・いつもそうしてはるん?たまにはちゃんとしてから行ったらどない?」
「堪忍。あんじょう頼むわ。」
反省の色は口だけのようだ。静留に構わずそのまま片手を振っていつもの所へザクザク歩いていった。
「ふぅ。お父はんも相変わらず、無礼にも程がありますよって。」
父親の背中にそう言いつける顔は、綻んでいた。
2礼2拍手1礼。
この作法はすでに体が覚えているので、何も考えずともこなせる。
『ふふ、確かなつき・・・これ知らへんかったなぁ。動きも妙で面白かったわ。』
過去になつきと神社に参拝に行った時、当然なつきはその作法もその後の決まり文句も知らなかった。
静留に指導されながらやってみるも、慣れないことで変に肩が強張っていた。
それを思い出して、噴き出してしまいそうになるのを必死で堪えた。
なんせ今は願掛けの最中。
不意に訪れた思い出によって、頭からなつきの顔が離れない。
「なつきに・・・逢わせておくれやす。」
口に出しては効果が薄れるだろうか、いや、そんなことはないだろう。
今静留の一番の願いは、声にしたくなるほど切実なものなのだ。
すると、両目蓋に何かが被さるような感触がした。
冷え切った細い指。突然やってきた冷たい感覚に驚く静留に、聞き慣れた声が降ってきた。
「だ〜れだ?」
後編へ
スンマセンスンマセン_| ̄|○ やっぱり長くなっちゃいました(;´Д⊂)
なんか前編は全然甘くないですね(冷や汗)しかも京都弁とか作法とか・・あんま気にしないで下さい(´▽`*)
後編は出来る限り甘くします!!((;゚Д゚)ガクガクブルブル
そんな事言って!(笑)自分には長編も甘いssも書けないので
あっきゅうさんの甘いssでみんなやられてしまえばいいと思います。
後編も期待してまっせ!!