ナツキの腕のなかで痺れたように動けなくなる。
…もう何もかも終いやね…
もとよりシズルは何も釈明するつもりなど無かった。
この場で首をへし折られても良い。
だが、それこそ当のナツキが赦さないこと。
ナツキはスキャンダルならば尚更、きちんと審議会に報告しようとするだろう…。
…潔癖なところがあるさけなあ…
いつか、こんな日が来るのではないかと、
ナツキと初めて会った日からずっと恐れていたような気がする。
政治家としてのシズルは、無論、後悔などしない。
世界の安定を担う五柱として、必要であると判断したことをするだけだ。

だが、愛しい人のために生きる者としては…。
…目的のためなら可愛い後輩を手にかける、鬼女やね…
ナツキに今の自分の顔を見られるのはやはり辛いと思ってしまう。

その時、ナツキのホールドが少しだけ緩んだ。
シズルを捉えた時、動くな!と叫んでから、
ずっと黙っていたナツキが静かに話し始めた。
「シズルお姉様」
その懐かしくも、よそよそしい呼び方に、シズルは胸を撃ち抜かれたような衝撃を感じた。
ナツキはシズルの背に額を押し付けて、シズルにだけ聞こえる声で話し続けた。
「初めて学園であったときから、ずっと尊敬し憧れて来た」
「お部屋係になれたときは、この人を支えて行こうと思った」
「それは今も変わらないつもりだ…」
そこまで言うと少し間が開いた。
シズルにとっては永遠のような長さだったが…。
「今度のことも、きっと深い考えがあってのことだと思う」
「でも、ならばなぜ、どうして、わたしに話してくれなかった?」
「わたしは、そんなに何の役にも立たないのか?」
最後の方はそれまで押さえ込んでいた心が、溢れ出そうになっているのが、
震える声と、背中で微かに首を振る仕草から痛いほど伝わって来た。
「……」
何も返す言葉はない。
…初めからあんたはんに話せるくらいなら、うちかてこないなことようしません…
危うい中立を保たねばならないガルデローベを守るためには、
条約機構の秩序をどうあっても乱すわけにはいかない。
それがひいては、ガルデローベの学園長たるナツキを守ることにもなる…。

5年前の大戦を経験して学んだこと。
あの時、敵に対してもっと厳しく先手を打っていれば、
世界を滅ぼすほどの危機を招くことはなかったはず…。
その思いがずっとシズルを締め付け続けて来たのだった。
そして、シズルが行き着いた答えは。
…全ての危機を蕾のうちに摘み取ってしもたらええ…
条約機構とガルデローベの安全保障のためならば、先制攻撃も暗殺さえも辞さないという、
血と鋼鉄であがなう平和だった。
…でもナツキの手ェは綺麗なままでなければあきまへんのどす…
…血と鋼鉄はあてが支払いますさかいな…

しかし、シズルの思いとは裏腹にナツキはここへやって来た。
誰かがシズルの描いた絵図の上に、別の新たな絵図を描いたのだ。
ナツキとハルカを動かし、シズルの意図を打ち砕いた相手の見当はついていた。
…マシロ女王…
一瞬、銀髪のほっそりとした女性の姿を思い出した。
高く険しい道を行く為政者は、いまのシズルには眩しくさえ思える。

シズルの沈黙は続き、ナツキはついに言うべき言葉に辿り着く。
…こんなことは嘘だと言ってくれ!シズル!…
しかし、シズルはやはり何も語ろうとはしない。
「嬌嫣の紫水晶シズル・ヴィオーラ。あなたを五柱権限濫用の疑いで…」
ナツキは、言葉を途切れさせてしまう。
とうとうシズルはナツキに語りかけた。
「お気張りやす」








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感想は後で纏めてさせて頂きます。


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