ナツキは悔しくて震えた。
大切な人を自分の手で捉えなければならない。
そして、その人に励まされるとは…。
こんなことになる前に、どうして何も出来なかったのか?
…ニナとセルゲイの処遇を巡って審議会が紛糾した時、問題を先送りにした…
…結果、あのふたりは曖昧な立場のままこの地にに幽閉された…
…男と女がこれほど長くひとつ屋根の下で暮らせばどうなるか、判り切っていたのに…
…ましてニナは…
シズルがこんな無茶なことに関わった大元の原因は、
あのときキッチリと裁定を下すことを躊躇ったからだ。
…本当はわたしの責任ではないか!…
…列強が何を言おうがこちらの意志を押し通しふたりをヴィントに置くべきだったんだ…
ナツキは後悔したが、シズルの辞書にはそんな言葉はない。
「仕事の時はしゃんとしい…」
「!」
ナツキは肚に息を溜めた。
「シズル・ヴィオーラ……。あなたを…」
ナツキは途切れ途切れに口上をもう一度繰り返す。
その時、それは起きた。

鈍色の北国の空が、有り得ない色に変わって行く。
「高次物質反応!」
誰かが叫んだ。
恐らくいまの声は『アリカだろう』と、ナツキはどこか遠い思い出の中の出来事のように思う。
この感じは知っていた。
心の中がザワザワと騒ぐ。
…あの日のようだ…
あの日。
何もかもが変ってしまった5年前のあの不吉な感じが身体の中を駆け巡っている。
シズルが先ほどとは別人のようにナツキの腕をすり抜けて行く。
「しゃんとしい!ナツキ!来ますえ」
空が沸き立ち、裂けて行く。
その高次物質世界からの扉を押し開けて巨大な異形の子は現れた。
「スレイブッ!」
いままで見たことの無いタイプだった。
シュバルツのスレイブとは明らかに違う。
どちらかと言えば、アスワドたちのモノに似ている。
その時、まるでそれが話しているかのように『声』は空から響いた。
「チャイルドと言ってもらいたいねェ」
シズルとナツキは同時に叫んでいた。
「散開!」
「遮蔽物を探せ!」
ニナはもうオトメではない。
あれが暴れ出せばひとたまりも無い。
「早く身を隠せ!」
その瞬間、シズルとナツキは同じ方向を向いた。
ふたりの前には強大な敵が立ち塞がる。
けれど、ナツキの心はいまや冴え渡っていた。
ついさっきまでの、重荷を引きずるような鈍さは跡形も無く消え去っている。
そのふたりを嘲笑うように、面白い遊びを始める時のように、明るい調子で『声』は続けた。
「目覚めよ!タケミナカタ!」











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感想は後で纏めてさせて頂きます。


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