条約機構の、ひいては世界の安定のためには、
ヴィントの現政権を維持することがどうしても必要だった。
この暗殺計画はただひたすらそのためのもの…。
しかし、そのヴィントの現政権の要石とも言うべきアリカ・セイヤーズ自身が、
これほど早く行動するとは予想を超えていた。
彼女に知られぬうちにニナとその子を跡形も無く消し去ってしまう事が目的だったのに。
アリカにもし何かあれば、マシロ女王は消滅しヴィントの現政権は崩壊する。
この計画自体に意味が無くなってしまう。
…政治家としては、なんとも非合理な事しはりますなァ…
情のために一国の運命を賭けてしまうその若さにシズルは微かな羨望と痛みを覚えた。
上空から逃走するアリカの軌道を追跡しながら、どこで待ち伏せするかを決める。
アリカはこの北の大地に地理感はない。
超低空を回避行動をとりながら飛ぶ彼女の行き着く先は自ずと限られて来る…。
シズルは予想地点に先回りするため、高度を下げる。
アリカからニナを引き離し当初の計画を推し進めるか?
マシロとアリカがニナをどう扱うつもりなのかを確認するか?
…ここで迷えばヘタを打つのがおちどすなあ…
…初めから決めていた通りに進めますえ…
シズルはもうひとりの伏兵に指示を出した。

アリカはうねる丘を縫い遮蔽物を求めて喘ぐように飛ぶ。
しかしこの荒涼とした大地には大きな木は殆ど無く、
身を隠せる稜線の陰を探しているうちに、大きな峡谷の中に入り込んでしまった。
初めは広く口を開けていた谷間の岸壁は、アッと言う間に両側から迫って来る。
…しまった!ここは上に出ないと行き止まり!…
そう気付いたときはもう遅かった。
アリカは自分の影に重なる小さな影を見て、
思わず唇を噛んだ。
…上をとられた…
地上に映るシズルの影は見る間に大きくなる。
その時、アリカの腕の中でニナが小さく囁いた。
「アリカ、降ろして、もういいから」
「ニナちゃん!」
「降ろして!お願い」
「絶対にダメ!」
峡谷の突き当たりの岸壁はもう目の前に迫っている。
アリカは覚悟を決めた。
ニナと赤ちゃんを抱えたまま反転上昇してシズルを突破する…。

その瞬間、赤子が再び大きな声で泣き出した。
アリカは己の無謀を突きつけられた思いがして、項垂れるように飛行速度を落とした。
そして、峡谷の突き当たりにふらふらと降り立った。
ニナを後ろに庇うようにしてアリカは、後方の空を見上げた。
初めて会ったあの日のように…。
見上げる先のその人は変らずに美しかった。
恐ろしいほどに。







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感想は後で纏めてさせて頂きます。


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