ナオは落ちて行く。
その視界は白い闇に包まれて何も見えない。
落下する自分が風を切る音だけが世界の全てだった。
ニナにもっと早く警告を発することが出来なかったことが悔やまれた。
…あの娘は苦労ばかりして来たのに…
地表が近いことを気配で感じる。
自分がマスターを持たないオトメであることにナオは苦笑しつつ感謝した。
…誰も巻き添えにしないってのは気が楽だね…
だが覚悟していた衝撃は来なかった。
代わりに後ろから抱きとめられ、落下速度が鈍るのを感じた。
次の瞬間、自由落下状態から急速反転する強烈な加重で血が逆流した。
…誰?…
自分とシズル以外にこの空域に展開しているオトメは?
「ナオ先輩!」
「あんたッ!?」
「ご無沙汰してます」
「アリカァッ!!!!」
アリカはナオをお姫様だっこで抱え上げて水平飛行に移行した。
「アリカ!もっと低く飛んでッ!シズルさんが来る」
ナオは意識がハッキリすると、直ぐに自力で飛行した。
遥か上空に占位するシズルからは丸見えだからとにかく回避行動をとらなければ…。
しかし、アリカはそうしなかった。
そのまま一直線にニナとセルゲイの住む館を目指した。
「アリカッ聞こえてるの?」
「ニナちゃんのところへ行くのが先です」
シズルは撃って来ない。
…なぜ?アリンコが来るのは想定外だったの?それとも…
アリカは迷わない。
シズルを振り仰ぐこともせず、ただひたすら真直ぐ飛ぶ。
…ええいヤメだ!わたしも余計なことは考えない!…
ナオもそれにならった。
はるか前方にまたひとり超低空を飛行するオトメの姿が見えてきた。
さっき上空から見た正体不明の相手。
シズルの密偵だろう。
上空に轟いた爆発音に驚いてセルゲイは庭に飛び出した。
庭に出たとたん二度目の爆発。さらにもう一度。
空を覆う怪しい閃光を見て、初めは恐ろしさに震えると思っていたのに、
彼の心は全く恐れを感じなかった。
それどころか、その光景にゾクゾクと血が騒ぐのが判った。
不思議としか言いようが無い。
しかし、そんな疑問を解き明かしている暇はなさそうだった。
…なんだこの危険な匂いは?…
さっきの爆発とは別に何かが来る!
それは確信だった。危険を察知する力。記憶を失っていても彼のその本能は残っていた。
…ここは危険だ!ニナを逃がさなくては…
そして勿論ニナは、セルゲイよりも正確に事態を把握していた。
我が娘をひしと抱いて身構えている。
だが、ニナはどこへも逃げようとはしない。
無駄だからだ。
…オトメの誰かがこの娘とわたしを処分しに来た…
生身の自分に何が出来よう。
…もし直に話すことが出来たなら、この娘の命乞いだけはする…
けれど、それさえも望みは薄く思われる。
この丘ごと跡形も無く吹き飛ばされるのが、一番ありそうな自分たちの最期だったから。
そう覚悟を決めたニナだったけれど、ひとつだけ気になることがあった。
いきなり此処を吹き飛ばしても良いモノを、なんで見当違いなところで三度も爆発があったのか?
そこには微かな望みがあるのだろうか?
…誰が来たのか確かめなければ!…
ニナは漸くそれに思い至った。
我が娘を胸にかき抱いたままニナはセルゲイに続いて庭に出た。
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感想は後で纏めてさせて頂きます。
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