いつ内戦状態に陥っても不思議はない。
ナギ拘束後のアルタイは、それほど混乱を極めていた。
アルタイの大公位に僅かでも継承権が主張出来る者は、
全てが派閥を旗揚げしたかのような勢いだった。
もし、ひとたび武力衝突となってしまえば、
長年アルタイに脅かされてきた隣国が、ここぞとばかりに介入して来るだろう。
もともと貧しい国土は回復出来ないほどに荒廃し、
国民のほとんどが住み慣れた土地を追われ、難民となることは目に見えていた…。

そのギリギリの緊張状態が続く中、
実際に衝突が起きないでいるただひとつの訳は、
この北国から出た初めての五柱、ジュリエット・ナオ・チャンが、
首都に常駐するようになったことだった…。
火種があると知れば国内の何処へでも文字通り飛んで行き首謀者を脅し付けて回った。
「このォォッ!!分からず屋ども!!!!この場で両方とも刻むぞッ!!!!!ごらァァァァ」
若いナオにはこの方法しかなかった。
恫喝による抑止は却って逆効果であることは勿論知っていたが、
駆け引きで、海千山千の老狸や古狐を丸め込むような器用なまねは出来なかったのだ。

故郷に帰って来たというのにナオには心の休まる間はない。
学生時代のナオを知る者にとっては、いまの姿はおよそ想像もつかないだろう。
過酷な状況のなか一言も文句を言わず黙々と仕事をしていた。
故郷を内戦の危機から救う事…。
その使命感だけがナオを寝る間も惜しむほどに駆り立てていた。


そのナオが、
たったひとつ本当の喜びを見つけたのは、数ヶ月まえだった…。
ナオの喜び…。
何にも代え難い、そして、誰にも話すことが出来ない秘密の喜び…。

…ニナに赤ちゃんが…

アルタイ北部辺境伯領内に、保護監察下にある人物たちのための館が用意されていた。
北部方面担当の五柱たるナオは、当然その館の監督も受け持っていた。
そのふたりに何か変化があれば、ナオはオトメ拡散防止条約機構に報告せねばならない。
だが、彼女は極めて重大なその事態を報告しなかった。
それどころか、その秘密が漏れないように情報を握りつぶした…。

これは、五柱としてだけでなく、オトメの資格停止になるほどの背任と言えた。
けれど、ナオはどうしても、ニナの懐妊を報告する事が出来なかった。
そうすれば、どうなるか判っていたから…。
不幸な運命を背負って生きて来た妹分がやっと手に入れた小さな幸せを、
自分が打ち壊す事などナオには出来なかった。

この国を内戦の危機から救う事。
ニナとセルゲイと生まれて来るふたりの子を守る事。
ナオにとっては、そのふたつの間に重さの違いはなかった。


        
 

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感想は後で纏めてさせて頂きます。


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