どこまでも続く荒れ果てた海岸線と丘陵地帯。
海からの強風に押しつぶされ節くれ立った灌木と、灰色の岩だけが世界のほぼ全て…。
空は常に雨を孕み、海は荒れ狂いその慈悲を表に現すことはない。
目に映る微かな色といえば、岩の割れ目に沿って咲く小さな薄紫の花だけ…。
それは、薄れ行く地球の記憶の中からヒースと名づけられていたが、
実際には似ても似つかない花だった。
たとえ船があってもこの島から無事に出ることはとても難しい。
この地を出る唯一の方法は、オトメの運ぶ飛行コンテナに乗ること。
オトメ拡散防止条約機構直属『国際条約違反オトメ収容所』
そこは、栄光とは無縁のオトメの墓場だった。

農場にサイレンが響き昼休みを告げている。
この痩せた土地に殆ど作物は実らないが、ここでは自給自足が建前だ…。
収容者たちは鉱山か農場か極寒の海での漁か、いずれにしろ過酷な労働を選択せねばならない。
トモエは農作業を選んでいた。
たとえ、いつも灰色でも雨が降っていても空の見えるところに居たかったからだ。
短い昼休みの間、決まってひとりで丘の上に登った。
そこからは島の約半分が見渡せる。
この収容所がある島の北側は荒れ地ばかりだが、中央にある火山の向こう側には、一応、町もあった。
ナノマシンを不活性化し、その町の郷士たちの誰かの嫁か妾になると宣言すれば、
犯罪者としての扱いは終わる…。
オトメ拡散防止条約に違反したオトメは、ほとんどが不定期刑だった。
皆、耐えられなくてこの島の男たちのモノになってしまうから…。
頑にオトメの資格を保つ者は、奇跡的な特赦を待つか、誰かの密偵として汚れ仕事専門のオトメになるか、
でなければ、この岩だらけの土地の肥やしになるだけだった。
トモエは頑な者のひとりだった。

貧しい食事は彼女を痩せさらばえさせていたが、
農作業と欠かす事無く続けている夜の鍛錬は、細くても鋼のような肉体を作り出していた。
背が伸びたこともあって、遠目からはまるで幽鬼のように見える。
相変わらず、髪は右側だけを長く伸ばしていた。
それも以前より長く、垂らすと腰に届くほどに…。
農場に居るときは、それをタオルで包んで麦わら帽のなかに押し込んでいる。
…もう、昼休みは終いね…
丘の上まで歩いて来るだけで休み時間のほどんどが終わってしまうが、
トモエは気にしていない。
こうして、毎日、空を見たいのだ。
来るはずのない、迎えの使者を探し求め続けたい。

毎朝作る弁当は、支給される食材がいつも同じなので、
僅かなバリエーションの繰り返しだった。
それを取り出しすと、残り少ない休み時間のうちに掻き込むように食べる。
厳しい農作業に耐えるには、どんなに気持ちが塞いでいても、
食事をとらないことなどは赦されなかったから…。

弁当の最後の一片を薄い茶で飲み下したとき、
トモエは有り得ない音を聞いた。
微かな金属音。遥か上空を超高速で飛行するオトメの飛行音だった。
空耳だと思ったが、その甲高い音はボリュームを上げて近づいて来る。
それだけを待って毎日、朝な夕なに色のない空を見上げていた。
だが、一方でそんなことはある訳がないと知っていた。
…わたしはここの土塊になるわ…
それがトモエの出した結論だったのだが…。

いま空にはもう間違えようのない軌跡を描いて、オトメがひとりこちらに飛んで来る。
見る間にその人は、ヒースの花を振るわせて、岩だらけの荒野に降り立った。
辛うじて咲いている薄紫の砂粒のような花々の中に、濃い紫の大輪の花が咲き誇ったようだ。

トモエはただ立ち尽くした。
何も言葉が出て来ない。
沈黙は永遠に続くかと思われた時…。
シズル・ヴィオーラは意を決したように歩み出しトモエに近づいた。
ヒースの咲く荒れ野で、ふたりは再会した。

「背え、伸びましたなあ」
「………」
「一度しか言わへんから、よう考えてな」
「……」
「あんたの刑期はあと2年に決まりましたわ」
「そんだけ、辛抱したら此処を出られます」
「だから、あてがこれから言う申し出を受ける必要はないんよ」
トモエの心はもう決まっていた。
シズルがどんな申し出をしようが受ける。
躊躇いなど微塵もない。
「……」
「うちの密偵になって欲しいんよ」
シズルは何の言い訳もせず、用件のみを言った。
トモエはひとつだけ聞いた。
「これは取引ですね?」
「そうや!」
「なら、お受けいたします」

シズルはさらにトモエの側に寄った。
ふたりの背は、もうさほど変らない。
「所長にはもう話は通ってますよって、いつでも出られますえ」
「それなら、いま直ぐに」
「仕度はいらんの?」
「なにも!」
「潔ええなあ」
シズルはトモエの手をとった。
「うちの石でコントロールしますからな」
トモエはあの懐かしい高揚感に再び触れた。
後悔などあろうはずもない。
「マテリアライズ!」
トモエは呪詛の石を身につけなれば、自分が纏っていたかも知れないローブを見た。
シズルのモノを少しシンプルにしたようなの銘のないローブ。
いまの自分には似合っているだろう。

こうして、
五柱の三とその密偵はヒースの荒れ野を飛び立った


        
 

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感想は後で纏めてさせて頂きます。


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