風華宮の地下深くへ続く垂直坑道を降下するリフトに、
万一の場合に備えマテリライズしたアリカと、防護服に身を包んだヴィントの科学者たちが乗っていた。
次々に現れては消える坑道の照明は、蒼天の青いローブの上に光の帯を走らせる。
風華宮の地下でナギとシュバルツがこじ開けた旧世代の魔物はハルモニウムだけではなかった…。
マシロが執務室で政務にあたっている間のアリカの仕事には、それら古代兵器の調査研究が含まれていた。
十二王戦争以前の遺物を放置して置くことはあまりにも危険だったから…。
破壊するにしても、整理分類し、使用方法、動作原理、組成などを解明しなければならない。
そうしないと破壊すること自体が危険な遺物さえあったのだ。
ズーーーーーーンと鈍い音を響かせて、リフトが着底する。
何も知らなかった無邪気なコーラルの頃、
ここでマシロと迷子になってハルモニウムを見つけてしまった。
…いま思うとあれが、全てのことの始まり…
…あんなモノを見つけなければ…
…ニナちゃんだって…
始めた者は後始末もしなければならない。
出土品全てに整理タグを付け、出土した場所や状況、
出土した後に変化があったかなどを克明に記入している。
一番広い地下空洞に設けられたハンガースペースに、
キラキラとしたライトに照らし出され、それらの遺物が並んでいる姿は、
異様であると同時に壮観でさえあった。
「おッはよう、アリカちゃん」
坑道最深部に入ると、およそこの場には不似合いな挨拶で出迎えられた。
いま、風華宮でアリカを「ちゃん」付けで呼ぶ者などいない。
最近、ガルデローベからヨウコの代理としてイリーナが調査に参加するようになったのだ。
マテリアライズしたイリーナは昔と変わらない人なつこい笑顔でアリカに手を振った。
微かに微笑んで、アリカも片手を上げる。
学園にとっても風華の地下遺跡からの出土品は大いなる関心事である。
勿論、マシロはガルデローベが古代兵器の調査研究に参加すること自体には反対しない。
だが、ヴィントの研究者が必ずその成果を共有することが、
これらを学園側に自由に研究させる条件だった。
このところ、マシロと学園の関係は日に日に微妙なモノになって来ている。
『もう科学を隠蔽し続けることは出来ないのじゃ』
それを使えば、助かる命が多くあることが判っているのに、目を瞑っているのは
罪だとマシロは言う。
またオトメだけに科学の重荷を背負わせる今のやり方はだんだんと改めなければならないとも…。
アリカにはマシロが行こうとしている道はナギが行こうとした道のすぐ隣のようにも思える。
『ナギは全てを、一度に、ひとりで、やろうとした』
『そのためには何もかもを破壊して一からやり直すほか無い』
『じゃが、それでは本人が満足するだけで、誰のためにもなりはしないのじゃ』
マシロは時間が掛かっても皆が納得するやり方をかならず見つけると宣言した。
しかし、それは女王をアスワドとガルデローベの間で板挟みにし窮地に追いやっていた。
ヴィント国民議会からはその矛盾を突かれ。
ミドリからはガルデローベの禁書庫を早く開け放てと矢の催促。
そしてナツキ学園長は決して首を縦に振らなかった。
イリーナと並んでオトメの力を使い発掘を進めながら、
アリカの心は遥か北国の、丘の上の館へと飛んでいた。
ニナに最後に会ったのはいつだったろうか?
…もう生まれたのかな?…
…きっと可愛いだろうなあ…
…あの人とニナちゃんの子どもだもの…
アリカの出発の予定はまだ立っていなかった。
本当は今すぐにでも飛んで行きたいのだが、
この発掘調査の引き継ぎなども含めて、どうしても外せない用件は多かったし、
マシロの身辺の警護に関しても多くの問題があった。
ヴィント市内にはまだシュバルツの残党も残っていた。
マシロを王位の簒奪者として追放せよと、声高に叫ぶ一派による女王襲撃計画の噂も絶えない…。
「こーら、なに?仕事中にぼーッとして!」
「ミス・マリアに怒られるよ」
イリーナに突っ込まれた。
「はははは、また霊廟掃除をさせられたら堪らないね」
その時の仲間は、いまはこのふたりしかいない。
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感想は後で纏めてさせて頂きます。
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