荒涼とした北の大地に嵐がやって来ようとしていた。
地平線に出現した雷雲は見る間に空の大半を覆い尽くし、
風は背の低い捩じれた木々の葉さえも引きちぎるようだった。
その嵐の雲を背に丘を登って来る人物がいる。
セルゲイの目にはそれは不吉な幽鬼のように映ったが、
この道は彼の家にしか通じていないのだから、
好むと好まざるとに関わらずそれが自分たちへの訪問者であることは間違いなかった。

…よりによってこんな時に…

ニナの部屋には産婆とその助手がいる。
産声はなかなか聞こえて来なかった。
時折、ニナの苦し気な声が漏れて来るだけだ。
居たたまれなくなって表に出た時、
セルゲイは嵐とともにやって来るその訪問者を見つけたのだった。

訪問者の足取りは尋常ならざる速さだった。
丘の麓から彼の前まで、嵐より先にやって来た。

「どちら様でしょう?」

「縁起物の避雷針はいかがですか?」

…嵐の寸前にやって来る間抜けな避雷針売り…。

妻の身を案じてイライラしていたセルゲイは、
怒りで爆発寸前になったが怒鳴ることはなんとか堪えた。
訪問者が女性であることに気付いたからだ。
大きなマントと大きな帽子で近くに来るまで顔を確認出来なかったが、
こうして目のまえに来るとうら若い美女である。

「いま、ちょっと取り込み中でね。また今度にしてくれないか」

「安産のお守りには縁起物は欠かせないと思われます…」

セルゲイは身構えた。

…なぜ、それを知っている…

「嵐が来ます」

もう来ていた…凄い風になっていた…。

「もう来てるだろう」

「生まれて来る赤子を利用しようとする者たちです」

セルゲイは沈黙した。

…ニナはなぜあれほど身籠ったことを恐れたのか…

…とても喜ぶと思っていたのに…

「あなたは妻がどれほど反対しようともヴィントの王からの援助の申し出を受けなければなりません」

「?」

「いいですね!妻がどれほど反対しようとも!です」

「どういうことだ」

セルゲイが叫んだと同時にその産声は響いた。
再び父となった男は謎の訪問者をその場に残し家の中へ駆け戻った。
残された訪問者は避雷針を手に持ったままこう呟く。

「警告はしました」



        
 

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感想は後で纏めてさせて頂きます。


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