シズル・ヴィオーラは今回の件が自分のこれまでのオトメ生活のなかでも、
最も厳しい外道仕事になるかもしれないと覚悟を決めていた。

何も罪のない赤子の命を政治の都合のために奪うことになるかも知れないからだ。

一度は道を違えたとはいえ、いまは慎ましく暮らしているかわいい後輩 の幸せを踏みにじりにいく…。

…あてに似合いの仕事かもしれませんなあ…

このままの方針で事が進む場合、そうなることは目に見えていた。

そのときシズルが最も恐れねばならない仮想敵は…。

…アリカちゃんやね…

蒼天の青い石の笑顔を思い浮かべると、懐かしいやら、かわいらしやら、恐ろしいやらで、
何とも言えないささくれ立った気持ちがした。

…単純に見えてえろう複雑な娘やから…

…それになんと言ってもオッそろし…

シズルの見るところ、いまのアリカはエアル最強のオトメにまず間違いない。
しかし、本当に恐ろしいのはあの真っすぐな目だ。
あれに見つめられて、何の疾しさもなく真っすぐ見つめ返す事のなんと難しいことか。

そしてシズルは、以前の甘さとは比べ物にならない峻厳さを
いまのアリカが備えている事もいやというほど知っていた。

…あの娘はこんな曲がった事は金輪際ゆるはしまへんなあ…

アルタイ大戦から5年。表面上世界は落ち着きを取り戻したかのように見えた。

しかし、かの戦いでオトメ拡散防止条約の無力が露呈し、
条約機構と審議会の権威は地に堕ちた。

条約の改訂と再締結の会議は遅々として進まず、
条約の二本柱であるエアリーズとヴィントがどれほど旗を振っても他国は付いてはこなかった。

そのうえにこの事件である。
シュバルツの残党「黄金の天使の僕(しもべ)」がニナの子を奪い
ヴィ ントの王位に就かせるために画策している。

さらにニナ自身の命までも奪い
その遺骸を新たな真祖と為すためのシステム構築がどこかで行なわれているらしい。

…それだけは絶対に許す訳にはいかない…

つまりニナと生まれてくる子は二重の意味で世界に再び危機をもたらす火種なのだった。
どんな対策が出来るのか検討したエアリーズ大統領は
最も安全かつ安上がりな方法がある事に気づいてしまった。
…ニナと生まれてくる子を抹殺する…
それがこの外道な会議のそもそもの発足理由である。

シズルの新た任地エアリーズで最初の仕事がこれとはよほど運がない。
ユキノはこのことを勿論ハルカには秘密にしている。
彼女もこんなやり方は大嫌いである。
シズルもナツキを始め他の五柱には伏せている。
チエも恋人の彼女には、絶対に知られたくないらしい。
そんな後ろ暗い集まり…。

…これが政治の裏側ってことどすか…
…でもこの3人では手が足らんし目立ちすぎるよって、誰ぞ腕の立つ手下がいりますなあ…

シズルの頭には遥か極寒の地に流されているあるオトメの顔が思い起こされた。

…あの娘を呼び戻すんはどうかと思いますけど背に腹は換えられませんよって…

裏切り者同士の腐れ縁だろう。
その娘からはいまでも時々手紙が送られてくる。
その文面は淡々としていて恨み言などは一切ない。
ただ極寒の収容所の何気ない日常が綴られている。
そのことがシズルの心のどこかに少しだけ瑕を残すのだった。

…恨み言の一つも書いてあればまだかわいいのに…

後ろ暗い頭脳は黒い手を必要とする。
こうして最も危険な人物は再びこの地へやって来る事となった。




        
 

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感想は後で纏めてさせて頂きます。


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