「…今何て言うた?」




心身共に既に限界を越えていたからだろうか。

空耳まで聞こえてくる始末。

なつきが今し方発した言葉の意味が解らないなんて、自分もそろそろ本当にやばいな、と思う。




「…だから…」




目の前には顔をこれでもかと言うくらい真っ赤にさせたなつきが居て。


何をそんなに恥ずかしがっているのだろうと、どこか冷静な自分がいる。



二人の温度差は一体なんなのか。



「私は…お前が好きだと…言ったんだ」



…ほらまた。

なつきの言っている意味が解らない。

彼女は一体何を言った?ちっとも理解出来ない。




「好き?うちを?」

「…そうだ」

「おおきに」

「おおきにって…それだけか!?」

「何がどす?」

「何がって…」




うちを好き?なつきが?そんな事ある訳無いやん。

ほんまどうかしてる。



知らず知らずのうちに自嘲染みた笑いが零れた。




「うちの手ぇ見て?こんなに汚れてもうた」


そう言って机の上に自らの掌を置いた。



「この手はな、ぎょうさん人を殺めた手ぇや。その上あんたを…傷付けた…解る?」



もうこの手で貴方に触れる事は出来ない。



「こんな手ぇであんたに触れたら…またあんたを傷付けてしまう…」



これ以上貴方を汚し、傷つける事は…



「…!なつきっ!」



戻そうとした腕を痛いくらいに握られて、咄嗟に拒絶したが、
なつきの拘束は思いの外強く、振り払う事は出来なかった。



「ぃや…!離し…」

「ふざけるな!!」



なつきの怒声に驚き、抵抗を止めると、彼女は怒りの形相のまま涙を流していた。



「なつ…き?」

「どうしてお前はいつもいつも一人で苦しむ。どうしてお前は全責任を一人で背負う…
 …私は…私の存在はなんだ?お前にとって私は一体何なんだ!!」

「何って…」




そんなの愛する人に決まってる。

愛しくて恋しくてこの世で一番大切な人。




「お前が背負った苦しみを少しくらい私にも背負わせろ…」

「何で…」

「お前を…愛しているからだ。愛する人を守りたいと思う事は当然だろう…」

「愛…て…なつき…あんた…その意味解ってますのん?」

「……私だってそこまで馬鹿じゃない」




そう言うとなつきは握っていた手を離し、ぐるりと机を回ると自分の座る椅子の傍らに立った。




「私はお前を愛してる。友達としてなんかじゃない」

「…」

「…お前の気持ちを聞かせてくれ」



なつきの顔は真剣だった。



「……な、つ…ほんまに…?」

「あぁ。私はお前を守りたい」

「なつき…っ!」



返事をする代わりに彼女を思い切り抱き締めた。



本当は愛していると、どうしようもなく愛して止まないと口に出して伝えたかったのに
出てくるのは嗚咽だけだった。


乾いていた筈の瞳からは涙がとめどなく溢れてくる。



「静留…」



自分の腰に回されたなつきの腕はとても熱くて、しかしそれがかえって嬉しかった。


このまま身体も心も何もかも全て枯れてしまうと思っていたのに…

貴方はまた潤いを与えてくれた。




「なつき…うちもあんたを愛してます」



交わした口付けは本当に短いものだったけれど、今の自分にはそれでも勿体ないくらいで。




「唇…震えてはるぇ?」

「……お前もな」



あの日から初めて、生きていて良かったと心の底から思った。

1度崩壊した自分の世界は、こうして愛する者によって、再びその色を取り戻したのだった。


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言い訳。
やっぱり1度は書いておきたかった静留となつきの馴初めssですが
何か少し不完全な気もしています。
静留の切羽詰まった感だとか、なつきの葛藤だとか
もう少し表現したかったんですが、力及ばず…

もしかしたらちょくちょく手直しするかも知れません。


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