「じゃあ静留さん、お先に失礼するよ」

「えぇ。お疲れさんどす」




黎人が帰った仮生徒会室にはもう自分しかいなかった。

取り敢えず今日やらなければならない仕事は終わったから。

後は書類等を整理して帰るだけ。




しかし解っているのに腰がなかなか上がらなかった。


寮の自室に帰っても考える事はなつきの事だけ。

あの部屋には余り居たくなかった。







思い出してみればなつきと出会ってからの日々は楽しくて仕方なかった。


恋心が強くなっていってからは己の欲望との葛藤に苦しんだ事もあったが、
それでもなつきの側に居られたあの頃は、今に比べたら幸せな日々だったのだと痛感する。





からかった時に見せる彼女の拗ねた顔が好きだった。


普段意地っ張りなくせに、時たま素直になった時の照れた顔が好きだった。


『静留』と呼び掛けてくれた時に見せる優しい笑顔が大好きだった。





でももう、そんな彼女を見る事は…出来ない。



(…)



枯れた瞳が潤いだす。


泣いてはいけない。

泣いては…



「…なつき」



彼女の名前を呟くと同時、頬を涙が伝った。







***







黎人が校舎から出てきてから暫らく経つのに、目的の人物は中々姿を現わさなかった。



(あいつが最後だったのか?じゃあ静留は…?)



もう帰ったのだろうか。

奈緒が忙しそうだと言っていたから、てっきり静留も遅くまで残っているのだと思っていた。



(…)



少し思案してから私は制服のポケットから携帯を取り出し、彼女の電話番号を表示させた。



(…)



しかし肝心の通話ボタンが押せない。

電話で話すのはそれでなくても苦手なのに、こんな状況だ。尚更かけにくい。



(…)



私は携帯をしまい、彼女がいるかも解らない仮生徒会室へと向かった。







***






(…?)



生徒はもう誰も居ない筈なのに微かに聞こえる足音。

しかもそれはゆっくりと、しかし確実にこちらへ近付いて来ている様だった。



(誰やろ…)



大きくなった足音はやはり扉の前で止んだ。


少し間を置いて、誰か解らぬ客はこんこん…と控えめに二度扉をノックした。



「どうぞ」



声をかけたが、客人は中々中に入って来ようとはしなかった。



(聞こえんかったんやろか…)



そう思い、軽く机の上の書類を纏めて席を立ち、扉の方へ向かう。



がら…



「どちら様でしょう」



扉を開け客人に問うた瞬間。



自分はもう何も言葉を発する事が出来なかった。


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