好きという感情はどの様にして湧き出てくるものなのだろう。

大体“好き”と言う感情の境界線が自分には解らなかった。


それは一重に、今まで極端に人間関係を築いて来なかった為と言える。


どこからが愛に変わるのか。

恋人特有の行為をしたいかしたくないかの差なのか。

しかしそれだけでその感情を愛と呼ぶのは間違いも甚だしいだろう。





休む間も無く続く葛藤や苦悩の日々は、確実に静留との距離を離していった。


静留からの接触が無いのは勿論の事、自分も故意的に静留を避けていた。


舞衣達がしつこいので渋々学校に通いだす様になったものの、
彼女が行きそうな場所には出来るだけ近寄らない様にしていたし、必要な時以外は教室から出る事も控えた。





会いたくない訳では無い。

ただ会ってしまった時、自分はどうしたらいいのか解らないのだ。




(静留…)




もう少し今の自分を見つめ直す必要性があるな…。

教室の自分の机に突っ伏して私は大きな溜め息を吐いた。







***







なつきは学校に来ているのだろうか。


忙しさの中に自らの身を置いている時はそれ程感じないものだが、
ふとした瞬間に頭を過るのはなつきの事だけだった。


会いたい。


しかし会うのが怖い。


会った時のなつきの表情を見るのが恐ろしく怖かった。




大体、こんな汚れ切った自分ではもう彼女の前に立つ事さえ許されないだろう。




(……)




涙も出ない。

泣く資格も無い。

自分は数え切れぬ多くのものを奪ってきたのだ。


泣く事など許されない。




(……なつき)





なつきはあの時、自分の罪を許してくれた。

泣きじゃくる自分にもういいと、そう言ってくれた。




(…でも…)




彼女を深く傷付けた事には変わり無い。



目を閉じれば蘇る。

自分の手に触れられる事を拒絶した彼女の姿を。




(…なつき)




あのまま死んでしまえたらどんなに楽だった事だろう。




身も心ももう限界だった。







***







会いたい。会いたい。会いたい…



うだうだと色んな事を考えていた事がもうどうでもいい位に、ただただ静留に会いたかった。





以前なら、休日には可成の頻度で静留が家に来てくれていた。

散らかり放題の部屋を一緒に掃除して。

美味しいご飯を作ってくれて。

その後には他愛ない話を沢山して。



そんな他愛なくて些細な日常がとても愛しくてたまらなかった。




(…しずる)




私の笑顔の裏には必ずと言っていい程あいつの存在があった。


だからなのか。

最近殆ど笑っていない自分に気付く。




(静留に…会いたい…)




この広過ぎる部屋に一人で居るのはもう嫌だ。



静留のせいだぞ。

あいつと出会わなければこんなに弱い自分になる事も無かったのに。




(……)




広いリビングのソファで、零れる涙をそのままに、私は小さく丸まって軽い眠りに落ちた。

夢の中だけならせめて、彼女に会える事を願って。







***






寮の自室は息苦しい。

一人分には無駄に広いこの部屋は、自分が孤独である事を強調させた。




(…)




なつきは元気にしているだろうか。

部屋の片付けは?

ゴミ出しも…。

自分がやらないであの子は平気だろうか。

ちゃんと毎日ご飯は食べているだろうか。




(あぁ…あかん。またや…)




気を抜くといつもこうなる。

考える事はなつきの事。




(…)




以前からこの部屋に一人でいる時は、なつきの事を思う時間が多かった。



殆ど一目惚れに近かったから、
最初のうちはなつきはどんな子なのかとか、どうやって仲良くなろうかとか、
そんな事を毎日楽しく考えていた。


暫らくしてなつきへの恋心が強くなっていくと、
一人で苦しむ事も増えてはきたが、
それでもなつきと会って嬉しい事があった日なんかは幸せな気持ちにもなれた。




(今は……辛いだけや…)




この想いが受け入れて貰えない上に、もう冗談を交えても彼女には触れられない。




「…もう…死んでしまおか…」




自嘲気味に吐いた弱気は、誰に言うでも無く暗闇に消えた。


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