聖なる夜は



温もりがすぐ側にある。

しかも一番欲しい人の体温。

手を伸ばせば、いや、手を伸ばさずともそれは本当に近くにあって。

だけど過去の忌々しき呪縛は今でも自分の中で
強く、根深く存在し続けている。



「…」


ソファで静かに読書をしている彼女の、綺麗な黒髪を片手で梳いた。

手に残る感触はいつも心地よい。


「何?」

「別に?」


少し不思議そうな表情を見せたが、軽く首を傾げると彼女は再び読書を始めた。

自分も再び彼女の髪の感触を楽しむ。

今度は何も言って来なかった。


「…」


自惚れかも知れないけど、彼女がこうやって髪を触らせてくれるのは自分だけだと思っている。

彼女に愛されてる自信もある。

けど愛してるだけでは駄目な事も自分は知っている。

だから不安になるのだ。

元々安定しない精神は、更に拍車をかけて不安定になる。


12月25日

この日はそんな日だ。


彼女と付き合いだしてもそれは変わらない。

いつかあの日の様に彼女も去っていってしまうんじゃないのかと思うと、大袈裟では無く生きた心地がしないのだ。


「はぁ…」

「え?」


軽い溜め息をつきながら、彼女は読んでいた本に栞を挟み、それを小さなテーブルに置いた。


「蓉子?」


小さな溜め息の意味を、自分は汲み切れずに居た。

彼女の少し歪んでしまった眉がとても気になって心臓が痛い。

自分に向き合った彼女はこれから何を言うつもりなのだろう。

…あぁ…心臓が止まりそう


「不毛だわ。その不安は」

「え?」


ふと、自分の右手に訪れた穏やかな温もり。

彼女の左手の感触。


「また変な事考えていたんでしょう?」

「変な事って?」

「例えばそうね…私が居なくなる、とか?」

「…」



…ほんと、頭が下がる。

それとも自分が単純なだけなのだろうか。

どちらにせよ、彼女に自分の全てを知られる事は、悔しいけれど嫌では無い。


「…何で解ったの?」

「あら。私は貴方の事なら何でも解るのよ」


どこまでも優しい笑みに涙が出そうになった。


「蓉子は凄いね」

「そう?」


彼女の綺麗な手が自分の頬を撫でる。


「貴方の方が凄いわ」

「どうして?」


彼女の整った顔が近づいてくるのを、どこか冷静に見つめる自分が居る。


「だって私にここまで愛させる人なんて貴方しか居ないわ。もうほんと、悔しいくらいに」


彼女の口付けは今日一日、自分の呪縛を解くには十分だった。


「よう…」


「私は貴方から離れたりしないわ。と言うよりも出来ないわね。貴方だって解っているでしょう?」



―――私がどれだけ貴方を愛しているか。


彼女は優しく諭すように告げた。


「蓉子…有り難う。でもまたきっと来年になったら私は不安になるよ」

「それなら来年も、その次の年も、こうして貴方のそばに居て、今日の様にキスしてあげる」


そういって笑いかけてくれた彼女。

自分の一番欲しい温もりは彼女が与えてくれる。

不安定になった心を一番近くで支えてくれる。


…愛しくて仕方ない。


「聖」

「…ん?」

「ハッピーバースディ」

「ふふ。ありがと。来年も聞かせてね」

「えぇ。勿論」




今年はホワイトクリスマスになると、昨日の天気予報で言っていた通り、
外は白い雪がしんしんと降っている。

凍える夜、彼女の温もりに抱かれながら自分はまた一つ、
年をとった事に満足しながら穏やかな夢に落ちた。



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言い訳。
聖ちゃんの誕生日お祝いという事で書いてみた
実質、初のマリみてssでした。
聖×蓉…大スキだ。


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