「ほな、なつきはこのエプロンつけて」

「あぁ有難う」



静留に手渡されたのは紺地を基調とした、何とも“なつきらしい”エプロンだった。



「今日の為に昨日買ってきたんどす。可愛らしぃ方がなつきは好きかな〜とも思たんやけど…
 エプロンてすぐ汚れてしまうし」

「はは。これで全然構わないぞ。大体…普段滅多にしないんだしな」


そう言ってなつきは頬をかきながら笑った。







「さて。私は何をしたらいいんだ?」


昨夜の相談結果、今日作るのはチョコケーキになっていた。

ケーキがいいと言ったのは珍しくなつきである。



長い髪を高い位置で結わき、腕まくりも完璧。

初めてのお菓子作りになつきにも気合いが入る。

そんななつきの様子に可笑しさ半分、愛しさ半分を織り交ぜた笑顔で見つめる静留。



「せやね…じゃあなつきには生クリーム作って貰おかしら。ちょお大変なんやけど…」

「なに、力仕事なら任せろ」


どうしたらいいんだ?と目を輝かせて聞いてくるなつきに
静留はパックの生クリームとボウル、そして泡立て器を手渡し、作り方を説明した。










なつきにとって料理は決して楽しいものでは無かった。


上手く作れないの然り、面倒であるの然り。

それに今までの人生、一人での生活が主だったなつきにしてみれば、
一人で作ってそれを自分一人で食べるなどと言う行動は無意味に思えた。

食事は生きる為にする事であり、そしてそれが果たせるなら別に何だって良かったから。







「ふふ。今日のなつき、何や楽しそうやねぇ」

「あぁ。楽しい」

「え」


まさか素直に返ってくるなど思っていなかった静留は、
チョコレートを刻んでいた包丁を止め、なつきを見た。

そんな彼女は本当に本当に楽しそうに生クリームを作っていた。



「ん?何だ?」

「い、いえ」



からかおうとしていたのは静留の筈なのにタイミングを逸してしまった為か、
逆に動揺してしまい声が上ずる。

そんな静留の様子を怪訝そうに睨むなつき。



「…何だ?」

「い、いえ何にも」

「嘘言え。どうせまたからかおうとでもしてたんだろ」

「…ぷっ」



笑いだすのを堪える為、静留はなつきから顔を背けた。



(この…っ!)



やはりな、と内心舌打ちしたなつきは、おもむろに彼女の左腕を掴むと


「えっ?ぁ…!?」


チョコレートの付いた指をくわえ、そして気持ちとは裏腹に優しく舐め取った。


「んっ…な、つ」


なつきの舌先が自らの指を這う。

背中がぞくぞくするのが痛い程解る。

そしてそれと同時に頬や耳が熱を帯びていくのも解った。



「甘い」



漸く静留の指から口を離したなつきは、意地悪そうな笑みを浮かべ作業を再開し出した。



「…」



取り残された静留は、真っ赤になった顔を少し歪めたまま指に残る余韻に浸っていた。










「なつき、それにこのチョコレート加えて」

「よし任せろ」



チョコ作りも佳境に入り、なつきの期待も膨らむ。

生クリームと湯煎で溶かしたチョコを混ぜ、チョコホイップを作ると、それをパン生地に塗って行った。



「静留」

「ん?」

「楽しいな」

「ふふ。せやね」



そう言って見つめあった二人は、今日一番の笑顔を浮かべた。










「あ、そや」

「ん?何だ?」

「あんた覚えといてな?」

「何を?」



そこまで言うと静留は自らの左手を目の前に上げた。



「…」

「な?」



先程とは違う妖艶な笑みを浮かべ念を押す静留に、ただただ顔を引きつらせるなつきであった。






--------------------------------------------------
言い訳。
リクも頂いたし、自分的にも中途半端な感じだったので…
当日の話も書いてみました。
でも何だか途中調子に乗ってしまいましたね(笑


戻る

TOPに戻る