「はいなつき、あ〜ん」

「し…静留…」


「聖?もう酔ったの?さっきから全然進んで無いじゃない」

「蓉子…もうそろそろやめておいた方が…」








蓉子と静留が来店してから、一体どれだけの時間が経ったのだろう。

後から来た客がもう何人も帰って行く中、二人はまだまだ元気だった。


もともと酒には強い静留だが、流石に酔いが回って来たのか。

人より白い肌はほんのりと赤みを帯びており、
生来の深紅の瞳は今にも閉じてしまうのでは無いかと言うくらいとろんとしていた。




「静留、もう呑むな」

「んん?何言うてはるの。夜はこれからどすえ?」

「いやもう3時だしお前もう酔って…」

「酔ってません。ふふふ、なつき好きや〜」

「こ、こら静留!抱きつくな…っっ!」




他の客はと言うと、聖やなつきを指名したいのは山々なのだが、
どうにも美人過ぎる二人の客が恐ろしくて出来ず終いであった。




「聖〜呑みなさいよ〜」

「解ったから。蓉子はもうやめておこう?ね?」

「聖ったら…私とじゃ呑めないって言うの……?」

「え、ちょ、ちがっ!」

「江利子〜聖のテーブルお酒追加〜」

「有り難う御座いますお客様」

「……」




頭を抱える聖やなつきを尻目に、
この状況を心底楽しんでいた江利子は蓉子の注文に華やかな笑顔を向けた。















「…聖さんて確か、No.1の人やったっけ?」

「え?あ、あぁ、そうだが…」




一方その頃なつきのテーブルでは…。



ことりと持っていたグラスを置いた静留の表情が変わる。

しかしそれは極々僅かな変化で。

長い付き合いのなつきだからこそ解るものだった。




「おい…まさか」

「すみませ〜ん。なつきのテーブルにお酒、えぇかしら」

「しずるっ!」

「はい、畏まりました」

「ちょっ…オーナー!!」

「大切なお客様のご注文だもの。聞くのは当然じゃない。何か問題あって?」




オーナー江利子の“楽しい”に火が点くと、もう誰にもどうしようも無い事は
聖、蓉子は勿論、最近ではなつきすら百も承知の事だった。

こうなってしまったら何を言っても絶対勝てない。




「ふふ。やっぱりオーナーさんは話の解るお人やね。なつき、うちは平気やから。一緒呑も?」

「……はぁ…」




自分の左腕に嬉しそうに腕を回してくる静留に、
なつきはこめかみに手をあてながら深い溜め息をついた。














「……なつき…さん」

「え?蓉子、今何か言った?」

「……あの人が…」

「え?え??」




江利子が電話で言っていた、聖のトップの座を脅かすNo.2。

それが確かなつきという名だった筈。


そんな事をふと思い出して、蓉子は軽く鼻で笑うと、その綺麗な目をスッと細めた。




「よ、蓉子?」




口角だけを上げるこの蓉子の笑い方を、聖はもう何度も見てきた。

この笑みを浮かべる時は、大概後に恐ろしい事が待っている。

その上、今は素面で無い。

酒の入ったこの状態はいつもよりも確実に危険な気がした。




「江利子」

「はい何でしょう?」




自分が腰掛けるソファの後ろ。

そこに立っている江利子の方は向かずに、蓉子は口を開いた。




「追加。」

「畏まりました」

「よよよ蓉子!?」




もうやめておけと、慌てて止めようとする聖だったが、
蓉子の不敵な笑みに言葉が詰まる。




「……!」

「聖。今日は呑むわよ」




綺麗すぎる笑顔と落ち着きを放った声色。

酔いを感じさせないそのトーンに、聖は自らの背筋が凍るのを感じた。














「…あの人…」

「…は?」

「面白いやないの。ふふふ。オーナーさん、こっちにもお酒追加な?」

「え?え??」





静留の表情と静留の視線の先と。

訳も解らずなつきは交互に伺う。


彼女の視線の先、そこには聖と蓉子の席があった。




「……」





嫌な、予感。

なつきを襲う悪寒。


何故なら蓉子が浮かべている笑みは、静留のそれと同じ類のもので。

明らかに心からの穏やかなものとは違う、怖さを感じさせるものだったから。




「江利子。こっちドンペリピンクお願い」

「「「おぉぉ!!」」」

「ほなこちらはゴールド頼もかしら」

「「「おおぉぉぉ!!!」」」

「くっ…っ!じゃあこっちは…」

「ほなこちらは…」





(……これは…)




最初から薄々と感じるものはあったが。




(…ったく…何で客の二人が…)





ちらりと助けを求めるべく、なつきは聖の方に視線を移す。

しかし目があった瞬間に深い溜め息がこぼれた。



なつきの視界に移った聖は、なつきの助けを請う表情と大差ないそれでなつきを見つめていた。














「…ったく…大の大人が何してんだか…ばっかじゃないの」

「ふふ…やっぱり面白いわ。電話して正解だったわね」

「は、はは…相変わらずお姉さまは…」

「あんたも、ほんといい性格してるわ…」





オーナー江利子だけは絶対敵に回すまいと密かに誓う奈緒であった。




「さて、と。令、奈緒ちゃん」

「はい?」

「何よ」




先程まで楽しそうに輝いていた江利子の瞳が、一瞬だけその色を元に戻す。

しかし…




「そろそろ閉店だし、飽きたし」

「飽きたってあんた…」

「二人でアレ止めてきて」

「「えぇぇ!?」」




ショックの色を隠せない二人。

それでも令は多少慣れや覚悟もあったのか、解りましたと、渋々承諾した。



問題は…




「さぁ奈緒ちゃん…本日最後の仕事頑張ろ…」

「…あんのデコ…」




今にも泣き出しそうな奈緒がそこにいた。




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言い訳。
取り合えずは終了。
時間が掛かった割に物凄く中途半端…orz

取り合えずギャグは難しいです。