何故自分は貴女で無ければならないのだろう。 何故貴女をこんなにも愛してしまったのだろう。 月夜の晩、彼女の寝顔にそっと問うた。 返される事の無い答え。 自問自答を繰り返す。 何故愛してしまったのだろう。 (……) 汗をかいている額に貼り付いた前髪をそっと整えた。 彼女は起きない。 閉ざされた瞳はずっとそのままだった。 (……) かなり疲れているのだろう。 身も心も随分疲弊している様子が伺えた。 (…なつき) 自分はこの人を救いたいと思ったし、救えると思った。 この人の為なら命だって賭けられる。 何としてでも守りたい。 そう思った。 (…けど) なつきは知らない。 自分が抱いている邪な想いなど微塵も。 知られたら最期、もう二度と彼女の笑顔は自分には向けられない。 彼女の側にはいられない。 (…せやから…) 何故愛してしまったのか。 命を賭してまで守りたい者を、自らが傷付けてしまうかも知れない恐怖。 自分は一体どうしたらいい? (…うちは…) そっと彼女に目を向ける。 先程より穏やかな寝顔が、月明かりに照らされて白く透き通っていた。 (……) 何故貴女をこんなにも愛してしまったのだろう。 頬に触れた。 温かい体温が指から全身に巡る。 心拍が速まる。 目眩がした。 「なつき…」 …何故貴女は自分を愛してくれないのだろう。 「うちは…こんなにあんたを愛してるのに」 何故!何故!何故! 沸々と沸き立つ欲望。 悲しみ。 怒り。 寂しさ。 虚しさ。 独占欲。 支配欲。 有りとあらゆる負の感情が、身体の奥深くから込み上げてくる。 止める事など出来なかった。 堰を切った様に吐き出された欲望は、本能のままに自らを動かす。 気が付けば彼女の浴衣ははだけ、胸元が露になっていた。 白く麗らかな肌に極自然に吸い寄せられる。 少し湿っていた彼女の肌は温かく、一度理性を手放せばそれまでだった。 (……っ) けれどそれから身体が動く事は無かった。 いっその事、理性を手放してしまえば、若しくは楽になれたのかも知れない。 しかしそんな事は出来なかった。 彼女の穏やかな寝顔や、ゆっくりと拍動する心音が本能に歯止めをかけた。 彼女を傷付けてはならない。 彼女を守らなければならない。 (…違う) ただ自分は、彼女に嫌われたくない、彼女と離れたくない。 それだけだった。 「なつき…」 涙が頬を伝う。 気が付けば一粒のそれが顎を伝い、彼女の頬に落ちていた。 「……っ!!」 急いで彼女から身体を離した。 今更になって心臓が煩いくらいに高鳴っているのが解る。 幸いにも彼女は目覚めなかった。 (……) 彼女の濡れた頬をハンカチで拭った。 そして静かに立ち上がる。 「…もう…無理や…」 隣に敷かれた自分の布団を一瞥して苦笑する。 今晩は隣で寝る事など到底無理だった。 「なつき…っ」 ふっと短い息を吐き、障子の戸を開けた。 月明かりに晒されて光る頬。 流れる涙を止める術は何も無かった。 -------------------------------------------------- 言い訳。 これを書いたきっかけはTwitterで“あの時”の話が盛り上がったからです^^ 自分は未遂じゃないかなって思っているのでこういうお話になりましたが そればっかりは静留のみぞ知るところ…ですよねw