“最後はやっぱり観覧車”



誰から言い出したのか定かでは無いが、四人は至極当然の様にその列へと向かっていた。

あの後はなつきも体調を崩す事無く、四人は思い切りアトラクションを楽しんだ。

それこそ時間など一切忘れてはしゃいだ。

だから尚更なのかも知れない。

ふとした瞬間、時間を意識すると辺りは既に日没の赤で染まっていて
それに色づけられた四人は、一様に物悲しさを感じていた。

ゆっくりゆっくり進む列。

穏やかに時は過ぎる。



「蓉子。今日は有り難う。凄い楽しかった」



自分の前に居た何十人もの人が廻る個室へと吸い込まれて行き、漸く自分達の番になった時、聖は蓉子にそう呟いた。



「え?何?」

「ほら。早くしないと置いてくよ」



蓉子の答えなど聞かず、自分の伝えたい事を言うだけ言って聖は先に個室へ乗り込んだ。

伸ばされた腕が言葉とは裏腹にとても優しかった。















「静留。今日は色々迷惑かけてすまなかった」



なつきがこうして弱音を吐いたのは今日は二度目だった。

そしてそれは静留と二人きりになれた回数と比例する。

流石に静留もそれには気付かない様子だったが、四人でいる時より素直に自分をさらけ出してくれる事が嬉しかった。



「そないに気にせんと。せやけど何で無理して乗ったりなんかしたん?乗れんの解ってたやろ?」

「言ったろ?悔しかったんだ」



聖と蓉子の次に並んでいた二人の順番は程なくして回ってきた。

二人の様子を見ていたなつきは、先程のそれを真似る様に先に乗り込むと、そっと腕を伸ばす。



「聖さんは格好つけだけど実際本当に格好いいからな。こういう事が自然と様になるんだろうけど」



ん。とぶっきらぼうに伸ばされた腕は少し不貞腐れていたけれど



「…おおきに」



静留には誰よりもそれが格好良く見えた。















「ねぇ。そっち行ってもいい?」



緩やかに上昇する個室。

ライトアップされた園内が一望出来るまでにはもう少し時間がかかりそうだったが
既に地上を行き交う人々は小さくなり始めている。



「どうぞ」



自分の位置を左にずらし、蓉子は彼女の為の空間を開けた。



「ありがと」



否。それは多分きっと自分の為に空けられたもの。



「綺麗だね」



聖の温もりを感じるのはいつだって同じ右手。

自分の右側にいつも彼女はいる。

長いこと一緒にいる間に自然と当たり前になっていた二人の定位置。

一体いつからだっただろう。



「ねぇ聖。私も当たり前になっていたのだけれど、貴方いつも私の右側を歩くわよね 」

「え?あぁ、うんそうだね」

「もしかして人の右側にいないと落ち着かない人?」



尤もな疑問を蓉子は聖に投げかけた。



「確かにそういう人もいるよね。でも私は違うけど」



それに対し、聖は蓉子の右手を握りながら笑っている。



「そうなの?」

「そうなの」

「じゃあ何故?」

「何でかな」

「ちょっと。何なのよ」

「知りたい?」

「ええ」

「ふーん。あ、時に蓉子」

「もう!何よ」

「男の人ってね、大事な人の為に利き腕は空けとくんだって。知ってた?」

「…っ」



きゅっと息を飲む音がした。

今までとは打って変わってしんと静まり返る室内で、蓉子の、聖の手を握る力が僅かに強まる。

それに反応して聖の肩がぴくりと動いたのが解った。



「……知らなかったわ」

「そ、そっかそっか。はは」



蓉子は兎も角、言った聖の頬まで赤いのは、何も夕日のせいだけでは無いだろう。

心地よい緊張感が辺りを包む。

繋がる掌が温かい。



「…自分で言ったくせにバカね」

「いや、言った後に凄い恥ずかしい事言っちゃったなぁって…」

「でも嬉しかった。今日はいっぱいヤキモチ妬かされたから特にかしらね」

「蓉子…」

時計回りに動いている個室が、丁度十時から十一時の位置に達し、どこの個室からも死角になった時。



二つの小さな影はゆっくりと一つに重なった。















「なぁなつき」

「ん?」

「ほんま、悔しいて何なん?」



個室に乗り込んで着席したのとほぼ同時。

静留はずっと気になり続けている疑問をなつきにぶつけた。

正確に言えば、疑問と言うのには少し語弊があるかも知れない。

二人を待っている間蓉子に言われた事が、もしかしたら、という淡い期待が脳裏を過ぎるのも確かである。

ただ、もしそれが本当に事実なのだとしても、いや、それなら尚の事、なつき本人の口から聞きたかった。



「……どうせ子供っぽいとか言って笑うんだろ」

「そんなん聞いてみいひん事には解らんやろ?」

「絶対笑うに決まってる」

「笑わんて。約束します」

「……」



静留の台詞に未だ疑いの眼差しを向けるなつき。



「……」

「……」

「……」

「…絶対だからな」



しかし静留の真剣な視線に負けたのか、躊躇いながらもゆっくりと口を開き始めた。



「だから…」



なつきは今日一日にあった“悔しい事”を反芻する。

朝、来るまでの電車の中での出来事。



「本当は私が…」



急に揺れた車内でバランスを崩した静留を助けられなかった悔しさ。

大事な人を他人に守って貰った、不甲斐ない自分への悔しさ。



「その後も随分仲良さそうだったし…お前も楽しそうで…いや楽しいのはいい事なんだが…あー…だからだな…」



夕日に照らされるなつきの顔が次第にその色を濃くしていく。

静留はその様子を愛しそうに見つめていた。



「聖さんに挑発されてってのも確かにあったけど…お前に…少しはいい所をって…」



段々としりつぼみになっていく言葉。



「……逆効果になっちゃったけど…」



その様子から、なつきが酷く落ち込んでいるのが解った。



(…ほんまにこの子は…)



普段はどきっとする程格好いいのに、時々卑怯な位可愛くて。

不器用だけれど精一杯自分を愛してくれる彼女。



「そんなに頑張らなくてもえぇよ」

「え…」



愛おしい。

誰よりも、何よりも愛おしい。



「うち、なつき以外は見えへんもん」

「…っ!」



ぼっと音を立ててなつきの顔が一気に染まる。



「ば、ばか。お前何そんな恥ずかしい事をさらっと…」

「だってほんまの事やし」



怒気を含む口調は照れている証拠。

出会った頃から変わらない、静留の好きななつきの癖の一つ。



「なつきがそないうちの事思ってくれてるなんて、うち嬉し」

「………静留」

「はい?」

「こっち座れ」

「………はい」



仄かに頬を赤らめて、静留は幼い子供の様に無邪気に微笑んだ。















「静留さん」



帰り道。

なつきと静留の前を歩く蓉子が後ろを振り返り名を呼ぶと、何やら意味深なアイコンタクトを送る。



「ん?なんだなんだ」

「静留?何笑ってるんだ?」

「ふふ。女同士の秘密どす」



疑問を露わに浮かべる二人のそれぞれの左側で、蓉子と静留はいつまでも幸せそうに笑っていた。






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言い訳。
後でまとめてします。
…ってもう最後かw

取り合えず補足として、静留と聖、蓉子はタメ設定です。なつきが1個下。
で、聖となつきは職場の同僚。(こちら参照)

このお話は半年位前から温め続けていたものですが
全く完成出来ない雰囲気だったので、あと少しでお蔵入りするところでした^^;

何かここ3日くらいでグアーっと書き上がったのでうpする次第です(笑)