「…さむ」


―――今日は例年より幾分寒い一日となるでしょう。


朝、寝呆けながらつけたテレビの中で確かそんな事を言っていた気がする。

今となっては余り覚えていないが。



『口から吐く息が白くなるよりも、鼻からの息のが白くなる方が気温が低いんだってさ』


珍しく嬉々として話してきた内容は、いつもの彼女からは不釣り合いな程どうでもいい話だった。


(うわ…鼻からの息が白いぞ…)


それでもいつの間にか、そんなくだらない話も笑って出来る様になったんだな、と
なつきこそらしくない事を考えながら、マフラーで緩む口元を隠す。

吐く息は白く、空に還る間に消えて無くなった。


息の行方を追った先の空は、今にも泣きだしそうな色をしていた。




(…あ)


昇降口から出て、ふと前方を見ると見慣れた姿がそこにはあった。

寒いとは言え、風は殆ど感じられないので、綺麗な蒼い髪は彼女の背中に落ち着いている。

一人で立ち止まり天を仰ぐ姿は、今にも消えてしまうのでは無いかと心配になる程、儚げだった。


そんな事有り得る筈、無いのに。



「何やってんの?」

「あぁ…奈緒か。いや、雪でも降りそうだなって」

「あー…確かに」


隣の彼女にならって、自分も空を見上げると
余計に寒く感じてしまうような空模様だった。


(…見なきゃ良かった)


寒さの為、肩を竦める奈緒の頭上に
何故かふわりと心地よい暖かさがやってきた。

疑問を抱きながら隣を伺う。


「…ちょ…っ!?何してんのよ」


見ると空を見上げていた筈のなつきが、自分の方を向きながら頭を撫でていた。

一瞬でも心地よいと感じたのは人の、いやなつきの体温。

髪から連動して顔にも熱が移る。


「あ、いや。何かお前の髪って暖かそうだから」

「はぁ?何でよ」

「色、かな」


そう言いながら、なつきは奈緒の髪を撫で続ける。


「そんなの感覚でしょ?実際に暖かい訳ないじゃん」

「まぁ…そうかもだが」


気持ち的に、な。


なつきの笑顔はとても穏やかだった。


「…あんたの髪色は随分と寒そうだもんね」

「うるさい。仕方ないだろ」


奈緒が憎まれ口を叩くのはいつもの事。

そうでもしないと心音は加速するばかりだから。

本当は素直になったっていいと思うけど、
そんなの自分ばっかり好きみたいで癪だから滅多な事が無い限り言ってやんない。


「暖かくないの解ったんなら触るのやめなさいよ」

「んー」


生返事をするもなつきの手は止まらない。

さらさらと奈緒の赤毛を楽しみ続ける。


「…何?」

「何が?」

「暖かくないんでしょ?」

「ああ」

「なら触らないでよ」

「いいじゃないか、少しくらい。お前に触れていたいんだ」


いたずらに笑う笑顔に、これ以上ないくらい顔が火照るのが、腹立たしい程解った。

そうやっていつもなつきに心乱される。

そんな事言われて“駄目”なんて、いくら意地っ張りの奈緒だって無理と言うもの。


だけどこのまま彼女にいい様にからかわれ続けるのは、惚れた弱みとは言え悔し過ぎるから。



「じゃあ好きって言って」

「なっ!?」


滅多に催促なんかしないけど。

たまにはちゃんと言わさせてやる。


「な、何だいきなり…」

「暖かそうな髪色だから触りたいんなら鴇羽とかんとこ行ってお願いしてきたら」


ここで自分が赤くなったら負け。

ただのやきもちみたいになっちゃうから。

出来るだけそっけなく。

後ろは振り返らないで颯爽と歩く。


「えっ…ちょっと…」


なつきが動揺しきってるのが、手に取る様に解りやすくて何だか可笑しかった。


「おい…」

「何よ」

「あー……あの…」


何かを言い淀んでるなつきの顔は、次第に赤みを増して言った。


「わ、私はその…お前だから触れたくなったんであってな…」

「何で?」

「な、何でってそりゃ…わ、解るだろ?」

「あたしバカだからわかんない」


そう言い残すと、奈緒は再び踵を返し歩き出す。


「あー!もう!」


その後ろ姿を小走りで追っかけ、勢いよく奈緒の右手をさらった。


「お前が好きだからだ!」

「…」


多少顔の火照るのが解ったが、言った本人は比べものにならないくらい真っ赤だったので良しとする。


「…早く言いなさいよね」


掴まれたなつきの手を奈緒もしっかり握り締め、二人は暖かい色に包まれながら学校を後にした。



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言い訳。
何やら最近自分の中で
奈緒ちゃん急上昇株です。
何かなつきと奈緒の言い合いってスキです。