笑ってる。 あたしの目の前で、あたしの為だけに。 あいつが笑ってる。 あたしは? あたしは今どんな表情をしているのだろう。 熱 「…っ」 最近漸く見慣れた天井。 何の変哲も無い、白い壁。 自分の部屋に比べて、ここは些か殺風景過ぎだと思う。 今度花でも買ってこよう。 ぱたん… (…っ) すたすた… カタン… ばしゃばしゃ… 彼女の作り出す音だけが部屋の中に響く。 (……) テレビも何も付いていない、締め切った部屋。 その音だけしか無いこの空間は外界から切り離されて存在している様な、そんな錯覚に陥る。 朦朧とした意識の中、それが少し怖かった。 「…」 温もりが、欲しい。 自分と、一番大切なものがここにちゃんと存在しているという実感が欲しい。 「ん?起きたのか?」 「……」 隣に座る彼女の服の裾を掴む。 あたしに出来る“甘え方”などこれくらいのものだ。 時々、うまく甘えられない自分が酷く嫌になる。 何故もっと素直になれないんだろう。 意地ばっか張ってたって良い事なんてないのに。 けれど 「身体、辛くないか?」 彼女はいつでもそんなあたしに優しく笑いかけてくれる。 ばちゃばちゃ… きゅっ… 「…ん」 「冷たくて気持ちいいだろ?熱、計ってみろ」 「…うん」 昨日から熱を出して寝込んでしまったあたしを、寝ずの番で看病してくれていたらしく、 彼女の眼は少し赤かった。 ぴぴぴ… 「どうだ?」 「…」 「どうした?…まだ高いのか?」 脇の下から体温計を取り出すと、それを彼女に手渡した。 「…38.4℃…まだ高いな…」 ゆっくり寝てろ、と肩まで布団をかけてくれる彼女の腕を、今持てるだけの力で制し、 熱のせいだけでは無いだろう火照る顔であたしは言った。 「…だ」 「え?」 「やだ…」 感情が昂ぶる。 涙が出てくるのを止められず、失敗したな、と後悔した。 「…どうした?」 そんなに優しい声で。 「怖い夢でも見たのか?」 そんなに優しく撫でないで。 「…あんたの夢見た」 「…それで何故泣くんだ」 あんたが笑ってたから。 あたしの目の前で、あんたが無邪気に笑ってたから。 「…久々に見たの。あんたが…笑ってる夢とか」 「おい。お前の夢の中の私は一体どれだけ無愛想…」 「片想いの時に良く見てたんだ」 掴んだ裾がぴくりと反応する。 「それ思い出して。目が覚めてあんたがいなかったら…とかさ。 そしたら何だか寂しくなっちゃって。でも弱ってるせいだから気にしないで」 「ばか」 掴んだ腕から繋がる顔を垣間見る。 彼女の綺麗な眉はしっかりと顰められていた。 「私はいつだってここにいるのに。一人で変な夢見て寂しくなるな」 「だって…」 見たくて見たんじゃない。 それに笑顔の彼女の夢を見たからって泣く気なんて更々無かった。 「……身体、きつくないか?」 「え?」 「平気そうならちょっと空けてくれ」 そう言うと彼女は素早く掛け布団をめくり、あたしの横に身体を滑らせてきた。 背を向けて横になる彼女の耳が明らかに染まっているのを見て、自分も余計に火照るのを感じる。 全く、熱があがったらどうしてくれよう。 「…風邪うつっても知らないわよ」 「私は丈夫だから平気だ」 「あたし看病しないからね」 「はは。解った、気をつける」 「……」 そう広くは無い華奢な背中。 その背中にゆっくりと手を伸ばしそっと触れる。 特に嫌がる素振りも無かったので、抱きつく様に身体を寄せた。 「…ありがと」 殆ど独り言の様にそう呟いて、あたしはゆっくりと目を閉じる。 彼女の優しい体温と、穏やかな匂いの中、あたしは再び眠りについた。 笑ってる。 あたしの目の前で、あたしの為だけに。 あいつが笑ってる。 あたしもそれに負けないくらい楽しそうに笑ってる。 ありがとう。 いつもは恥ずかしくて言えないけれど、せめて夢の中でなら。 好き。 貴方が好き。 もう泣いたりしないよ、なつき。 -------------------------------------------------- 言い訳。 自分がなつ奈緒のssを書くと、構図が似たり寄ったりになってしまうので 今回はちょっと違う感じを目指したかったんですが、敢え無く失敗。 奈緒の甘えたさんぶりが書きたかっただけとか言う… 折角の1年記念なのになんてこった(*´∀`) orz