現か幻か。

朦朧とする意識の中見た夢は、愛しき彼女の姿だった。









before story









静留が学校に来ていないという事を知ったのは、つい先日だった。

あの長い戦いが漸く終わり、
その後の処理で何かと忙しく働いていた彼女との連絡を疎かにしていた事も一因だが。

静留のクラスメイトである武田から話を聞くまで、私はその事を全く知らなかった。













『連絡を取り合う事を控えよう。』


そう言ったのは私からだった。

私からしてみれば、静留の負担になりたくないという思いから出た台詞だったのだが、
今思えば逆効果になってしまったのかも知れない。

未だ彼女の想いを受け止めきれずにいるこの状況で、あの台詞は少し酷だったとも思う。


「解りました。気ぃ使うてくれておおきにな」


そう言った彼女の笑顔は確かに少し寂しそうだった。













自分から言い出した手前、
寂しいからと言ってこちらから連絡を取るのは卑怯な気がして出来なかった。

そもそも“寂しい”などという感情を自分が抱いている事が、まず信じられなかったが、
ふとこの広いリビングで彼女を想う時のこの感情は寂しさ以外の何物でも無かった。

こんな風に自分の感情すら持て余す様になったのは一体いつからだろう。

寂しさなどとうの昔に捨てた筈なのに。


…いや、違う。


結局は心の奥底に隠していただけなのは解っている。

しかしそれでも“寂しい”などと口に出して言うつもりは更々無かったし、
誰かを求めたりする気も毛頭無かった。



(……あいつのせいだ)



いつの間にか眺めているのが癖になりつつある携帯電話を枕元に放り、
早めの眠りにつくのが最近の日課となっていた。














「で?静留は何故学校に来ていないんだ」



武田に当たるつもりは無かった。

彼には責任など全く無い。

それでも荒くなる語気は静留に対しての怒り。

そして自分に対しての怒りのせい。



静留はいつだってそうだ。

無理をしていても、それをおくびにも出さない。

飄々とした笑顔で他人をかわす。



(私にくらい弱音を吐けばいいんだ……)



そう思わずにはいられなかった。

でもそんな自分勝手な望みに腹が立ったのも確かだ。

静留が唯一弱音を吐きだした時、私は明らさまにそれを拒絶し、そして彼女を酷く傷つけた。

傷こそいつか癒えたとて、その事実は一生消える事は無い。













武田の話だと2、3日前から熱を出しているとの事だった。

彼に軽く礼を言うと、私はすぐさま彼女の携帯に電話をかけた。

何度目かの呼び出し音を確認して、私は電話を切った。

二度、掛け直したが、出る気配は全く無かった。



(……)



電話に出るのも辛いのだろうか。

しかしもしそうだとしたら、それだけ熱も高いと言う事か。



(……)



元々そんなに我慢強い方では無い私はメットとキーを乱雑に掴むと、足早に家を後にした。














「入院してるだと?」



寮に着くと、静留の部屋へ一目散に向かった。

ドアをノックしても中からの返事は無かった。



(…静留…)



一息ついて、もう一度だけノックを試みようとした時、帰宅途中らしき奈緒に声をかけられた。



「藤乃なら入院したわよ」

「…何だと?」

「あんた知らなかったの?ついさっき運ばれたばっかみたいだけど」

「何で!?」



頭が真っ白になる。

怒りや焦り、悲しみや寂しさ。

もう自分の感情さえよく解らない。

気付いたら勢い良く奈緒の肩を掴んでいた。



「痛っ…!ちょっと離しなさいよ!」

「…っ」



…私は一体何をしているのだろう。

何がしたいのだろう。

静留をどうしたいのか。

静留とどうなりとどうなりたいのか。

巡る思考。

吐き気すら覚えた。



「ばっかじゃないの。今のあんた見てると腹立つんだけど」



悪態をついて、横を通り過ぎて行く奈緒が何やら一言呟く。

それを聞いた私は、礼を言うのも忘れ、弾かれた様に走り出した。














「静留……」



静留は穏やかに眠っていた。

主治医に聞くところによると、風邪、そして過労と栄養失調との事だった。

確かに元々線の細い彼女なのに、その寝顔は少し痩けてしまった様に見える。



「……」



ここまで追い詰めたのは紛れも無く私で。

それなのに静留は、その罪や罰さえも全て一人で背負って生きている。


こんな華奢な身体で。


立っている事さえも不安定なその身体で。


彼女は精一杯笑って。


そして誰にも縋らずたった一人で泣いている。



「……」



穏やかな眠りがかえって不安になり、彼女の左手を両の手で包む。

静留の手は本当に温かかった。


この温もりに溶かされた私の孤独。

寂しさ。

その他多くの負の感情。


彼女の手を握りながら、私は無意識に泣いていた。














「……ん…」

「しずる!?」



静留が目を覚ましたのはそれから少し経ってから。

その間、私は彼女の右手を離す事は無かった。



「…な…つき…?」



久し振りに聞いた声は弱々しくて。



「静留…ばかっ…ほんとに…ほんとに心配したんだぞ…」




それでも彼女の手を握り締め、子供の様に泣きじゃくる私の頭を撫でながら
彼女は満面の笑みを浮かべた。



「………おおきに…」



この笑顔を守りたい。

一番近くで見ていたい。




そんな理由だけでも側にいていいだろうか。



「静留…頼む。これからは私の目が、私の手が届く所に居てくれないか…」

「え?」



握り締める手の力を少し緩め、少し呆けている静留に微笑んだ。







「一緒に暮らそう」







私のこの想いが静留に届くのはそう遠くない未来の話。





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言い訳。

ダメでした orz (何
全く書き方を忘れてしまっていたという驚愕の事実。

ごめんなさい夜さん。力及ばず…
大体リクの何一つ答えてませんねww