卒業舞闘
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ガルデローベの年間行事の中で最も重要な卒業舞闘とマイスターの任官お披露目には、
条約機構各国の王侯とそのオトメが一堂に会する。

そこは、各国が条約に沿って新たなオトメをリクルートする場であると同時に、
自国のオトメの美と力を誇示し国威をしめす外交の場だった。

勿論、ガルデローベを抱えるヴィントの女王はその催主として必ず『閲舞』しなければならない。

本来であれば当然そのオトメも…。



先のアルタイ大戦から4年。
ヴィント市街は4年の歳月でほぼ完全に復興したが、もとに戻らないモノも多かった。



「今年こそアリカお姉様は卒業舞闘を見てくださるのかしら?」


トリアスの1は、誰に言うともなくその疑問を呟いたのだが、しっかり相方に聞かれていた。


「あなた、そーんなにアリカお姉様に見て頂きたかったの?子・ど・も・ねェ!」


トリアスの2は辛辣であった。


「ふん!月組出のあんたには判んないわ。
 アリカお姉様はね、大戦のためにちゃんと卒業出来ていないからって
 激務の合間を縫って時々わたしたち星組と学科の授業をご一緒に受けていらしたわ
 そのとき『あたなはきっと良いオトメなる』とおっしゃってくださったのッ!」


控え室で言い合いをする、そんなトリアスの1と2におなじみの雷が落ちた。


「コラッ!!!他の生徒の手本になる君らがいがみ合ってどうする?
 そんなことじゃコーラルに遅れを取るぞ」

「申し訳ありません!!学園長」

「判れば良い!」


ナツキは溜息を吐きそうになるのをなんとか堪えた。

既に大戦の記憶の風化が始まっていることに愕然とした。

アリカの言う通りその悲劇を授業のなかでもっと教えるべきかも知れない。

たとえマスターに絶対の忠誠を尽くすべきオトメの在り方に反するとしても…。



審議会のなかでもガルデローベの授業内容とオトメの在り方について、
ヴィントとエアリーズが他の諸国と鋭く対立して収拾がつかないでいた。

長くガルデローベは自主と独立を保つため、オトメの存在意義と兵器としての能力を曖昧にして、
外交の華としての側面ばかりを強調する戦略を採って来た。

だが、大戦でその矛盾は露になってしまった。

いまや、新たなオトメの在り方とガルデローベの在り方を嫌でも再定義せざるを得ない。

しかし、各国の利害の中でヌエのようにノラリクラリと生きて来たガルデローベを、
明文化した条約で再定義するのはあまりにも難しかった。

アリカやマシロ女王が言うことは、
友人に対する親愛の情を国同士の条約として明文化しろと言っているも同然なので、
殆ど不可能に近いことだった。

だから真祖フミ様はガルデローベの本当の存立意義を明示されなかったのだ。

科学を封印し、その担い手たるオトメを只一カ所に集めて教育することの意義…。

それこそアリカとマシロ女王がいま条約として示すことを求めていることなのだが。


…それは無理だ…


ナツキは今度こそ溜息を吐いてしまった。

…最終兵器同士が友人だったなら、いつか戦争が無くなるかも知れない…


それこそが真祖様の願い。


…でも真祖様!戦争が無くなるまでに、悲しい友人同士が沢山出来てしまいます…


悲しくてもナツキは泣いたりしない。

闘技場の貴賓席にいる若き女王に臨席するためひとりリフトに乗る…。



「リフトアップ!」


主貴賓席の直ぐ後ろに薄い壁一枚隔てた控え室があった。

そこに椅子を置いてその人は座っていた。

警護の者としては、ほぼ失格の位置取りだ。


…狙撃に備えるのに肉眼を使わずにナノマシンのスキャン能力のみで対処するのは限度があるぞ…


背筋を真直ぐに伸ばし、じっと正面に顔を向けて、びりびりとした索敵スキャニングを会場中に広げている。

だがナツキを見るとその人は弾かれたように立ち上がった。


「ご無沙汰しています!学園長」


ヴィントの青いマイスター服は以前よりずっと似合う。

背が15センチも伸びたからだったが、
それ以上に今や伝説のマイスターと呼ばれるに相応しい貫禄と落ち着きが備わっていた。

初めて会った時のことは昨日のことのように覚えていたけれど、それは遥か時の彼方のようでもあった。

ヴィントのマイスターであるにも関わらずアリカ・ユメミヤは卒業舞闘の『閲舞』に決して臨席しない。

マシロ女王もそれを赦していた。

それが屈託がなく誰からも好かれるヴィントのマイスターの只一つの影だった。


…ガルデローベに来て学生と一緒に授業を受けたり、経験を話して相談に乗ってくれることもあるのに…


「アリカ…」

「済みません!警護者として失格ですね
 もっと自分は強くなれたと思っていたんですが…この日だけはちょっと辛くて…」

「怪しい気配があれば直ぐ来いよ
 それと、卒業舞闘の日取りを来年から変更するかも知れない…」

「ハイッ!!」


もう自分より背が高い程になった後輩の頭をくしゃくしゃと撫でて、ナツキは貴賓席に入った。



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……絶対に自分には書けません。
圧巻です。

螺鈿さん、本当に有り難う御座いました!!!


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