シャローム
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卒業式の終わりが近づいた時、突然なつきは号泣した。



「うぁあぁぁあっぁああっぁぁぁぁぁぁっぁぁっっぁあぁあああ」



…わたしはどうしてしまったんだ…

母を失ってから今日まで、声を上げて泣いたことなど一度として無かったのに…。
舞衣が急いで立ち上がって、なつきのあたまを抱え込むように抱き締めてくれた。



「ひっく!ひっく!」



舞衣の胸に顔を埋めると、大声を上げ泣くことは何とか堪えることが出来るようになったが、
涙は止めどなく流れ、喉が痙攣するように震えて息が苦しい。

…卒業式なんてただの形式だと思っていたのに…




切っ掛けは、初等科の娘たちが卒業生のために歌った歌だった。
勿論、アリッサが参加していた訳ではなく、本当に素朴な合唱隊…。
歌われたのは、パレスチナの民謡。




「どこかで またいつか 逢えるさ
また逢おう また逢おう どこかで」




稀に研究室から早く帰って来た時に母が歌ってくれた歌だった。
歌いながらなつきの頭を撫でて、寝かしつけてくれた。
隣にはデュランの温かな背中。
何もかもが満たされた世界…。
ずっと忘れていた記憶。




「きれいな 思い出 抱きしめ
また逢おう また逢おう どこかで」




その母を失ったとき、幼かったなつきは堪え難い悲しみから逃れるために、
自分の心を作り替えてしまった。

鉛のように重く冷たい鎧を纏った心。

常に喜怒哀楽を秘し、母の復讐という目的以外のモノを見ない心…。

『まつり』が終わった時、なつきはそんな自分には生きる意味が何も残っていないと思えたのだった。




「緑の星 ふたつ 寄りそう
離れても 離れても 寄りそう」




その歪んだ自分をひたすらに待ち続けてくれた人がいる。
その人自身も、本当に辛い思いをしたはずなのに、おくびにも出さず、
それまでと少しも変る事無く温かな笑顔でなつきを包んでくれた。
そのお陰で道を踏み外さずに、今日まで来ることが出来た。
なつきの冷え固まった心がゆっくりとゆっくりと溶け出したのは、つい最近のことだ。
そのことに気付きさえしなかった。
今日まで…。
この瞬間まで…。
その人の温かな笑顔が自分の心の鉛を溶かし尽くしてくれるまで、
鈍感な自分には判らなかった。




「どこかで またいつか 逢えるさ
泣かないで 泣かないで さようなら」




その人が学園を去る日が来て初めて実感した。
セレモニーが終わろうとしている今になって…。

…静留がいってしまう…

なつきの心の中の冷えた塊の最後の一片がいま溶け去っていった。
友の胸に顔を埋め、その溶けた塊が全て流れ出てしまうまで、
泣き続けるより他にどうすることも出来なかった。




「どこかで またいつか 逢えるさ
また逢おう また逢おう どこかで」




静留のところへ駆けて行きたい。
夢の中でなつきは静留を探していた。
…せっかく気付いたのに…
…どうしていないんだ…
重い鎧を脱いだなつきの心はどこまでも自由だったが、
一緒に走ってくれる人が側にいない。


陽子が席を空けると代わりに静留がベッドの脇に座った。



「式の途中で急に泣き出してしまうなんて、よほど不安定になっていたみたいね」

「いまは泣き疲れて寝ているだけだから心配ないわ」

「玖我さんらしくないわね」



眠っているなつき以外に保健室にいるのは陽子と静留だけだ。
ベッドの脇に椅子を寄せて静留はなつきの額にそっと手を当てる。



「いいえ、とってもなつきらしことどすわ」

「…?…」

「なつきは大事なことを、ちょうっと取り戻しとるだけどす」


了

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本当に有り難う御座いました。
読んだだけで心が温かくなるというか、じ〜んとするというか…
こういうお話は自分も大好きなので、是非書きたいのですが…
ふふ……(苦笑
いや〜…、皆様、螺鈿様のssできゅんとして下さいましw



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