歯ブラシ



シャカシャカ、シャカシャカ・・・


洗面台の前。パジャマ姿のなつきが、眠そうな顔で歯を磨いていた。
まだ開ききってない目蓋を見るに、磨きながら半分寝ている感じである。
ボサボサとまではいかないが、所々寝癖がついて落ち着きなくはねている長い髪が、
力なく動く歯ブラシとともに、こきざみに揺れている。


と、そこへ、ドアをあけて、静留がやってきた。
顔を洗うなつきに、手自ら渡しに来たのか、その胸元には大事そうにタオルが抱えられている。

ピョコピョコ動く黒髪を微笑ましそうに見つつ、静留はなつきに、後ろから声をかけた。


「なつき、だいぶ目ぇ覚めた?」

「んー・・・」


答えれないのは、口の中が泡だらけだからなのか、それとも寝ているからなのか。
声からは、どっちなのか判断し難くて、静留はくすっと笑うと、なつきの背後へと近づいた。
直接に、ではなく、洗面台に備え付けてある大きな鏡を経由して、そこに映るなつきの顔を覗き込む。
と。


「――ぁ!」

「!!」


傍らで突然あがった悲鳴に、なつきがびっくりして、目を覚ました。
目をパチクリっと瞬かせる。歯ブラシをくわえたまま、なつきは静留を振り返った。


「?」


どうした?と目で問い掛ける。
見れば静留は、なぜか赤い顔をして、じっとなつきの顔を見ていた。
なつきの目、口元、また目・・・と、その眼差しがチラチラと往復を繰り返す。
わけがわからなくて首をかしげるなつきに、やがて静留は恥ずかしそうに告げた。


「なつき・・・それ、うちの」

「え・・・」


それ、と静留が指差した先に――自分の口元に、なつきが視線を落とす。
そこには、くわえたままの歯ブラシがあった。
一緒に住み始めた時に、記念にと静留と色違いで揃え、買ったものだ。
見慣れた青い色がなつきの目に映って・・・と思いきや、青いはずのそれは、なぜかピンクだった。


「―――」


ごくっと思わず、口の中のものを飲み込んでしまう。
うえ・・・と思う間もなく、大慌てで口から歯ブラシを外すと、なつきは急いで静留に謝った。


「す、すまん!寝ぼけて、間違えたみたいだ!」

「いえ・・・別にうちは気にせんし、かまわんのやけど・・・」


明らかに気にして、頬を染めて俯く静留に、なつきの頬も熱くなってくる。
気まずさと気恥ずかしさで、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
間接なんとやら、などの言葉が、浮んでは消えていく。


「ははっ、に、似てるもんな!お揃いの色違いだし!」

「・・・そ、そうどすな・・・」


なつきの言葉に、小さく頷く静留の頬が、いっそう染まる。
墓穴を掘ったことに気付き、顔を引きつらせながら、なつきが誤魔化すようにまた話を振る。


「い、言っておくが、間違えたのは、今日がはじめてなんだぞ?
  私も、いつも寝ぼけてるわけじゃないし。今日はたまたまだ、たまたま――」


いつになく饒舌ななつきが、無意識に側に置いてあったコップを手にとり、
うがい用に用意したまま、結局は使われなかった中の水をぐいっとあおる。と。


「・・・なつき・・・それもうちのどす」


消え入りそうな静留の呟きに、飲んだそれを、なつきは三秒で吹きだした。
げほっ、げほっとむせるなつきの背を「大丈夫どすか?」と心配そうに静留が叩く。
またしてもピンク色だったコップを脇に置き、なつきは涙目になって静留に言った。


「ご、ごめん!歯ブラシとセットで置いてたもんな!そりゃそうか、、、てか、あぁもう・・・!」


台の縁に左手をつき、右手で真っ赤になった顔を覆って、なつきがうめく。


「なんで朝っぱらから、こんな恥ずかしい思いをしなきゃならんのだ・・・」


その隣では、静留が同じく赤い顔をして、でも幸せそうに呟いていた。


「・・・なんかええなぁ、こういうの。ふふ・・・うん、ほんまええわv」


――新婚さんが一度は通る道ですな♪
そう続けて、嬉しげにパジャマを引っ張ってくる静留に、なつきはますます顔があげられなくなった。



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こいつはやばいですよ。
えぇ、見事にツボですね。
TOP絵にも描いたように自分の中でもなつきは寝ぼすけです。
にーとさん、すんばらしいss本当に有り難う御座いました!!


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